次期学習指導要領改訂の論点整理には、学習過程の充実が含まれています。人間の学びの過程に着目し、指導に認知科学を積極的に取り入れていくことは、AIが進展する今の時代、ますます重要です。学習者のメタ認知や自己調整能力を促すためにも、生徒側の学習方略習得を促すために、教師側がどのような指導方略で支えるか、という視点が大切になります。
AIの活用は、生徒の学習過程にどのような影響を与えるでしょうか。英語教育においては、言語の練習時間が増えたり、即時フィードバックが得られたりと、様々なAI活用のメリットが期待されます。その一方で認知心理学者は、思考を鍛える大切な時期にある子どもに与える影響について様々な点で懸念を抱いています。
AIと一口に言っても、その種類は多様です。学習科学を取り入れて適切に設計されたアプリやプラットフォームを適切に使えば、充実した学習体験を提供できます。こうしたツールを見極める力や、生徒の情意面に対する配慮も、これからの教師には欠かせません。
ここでは、学習過程とAIの関わりについて、特に認知面に焦点を当て、整理をしてみたいと思います。
■「書くこと」の過程を分解する
「書くこと」は生徒がつまずきを感じることが多い分野のひとつです。なにかまとまりのある文章を書く場合、次のような複雑な段階や手順があります。
- 書く内容を日本語で考える
- 知っている英語表現や語彙(意味・つづり・音)、文法を思い浮かべる
- 構成を考える
- 実際に書く(下書き)
- 見直しをする(修正)
熟達者は、既知の知識や習得済みの手順を瞬時に脳から呼び出し、自動的・直感的に課題に取り組むことができます。こういった脳内でのプロセスは、繰り返し行うことでスピードが上がり、自動的に処理できるようになります。しかし、初学者には同じようにはいきません。一度に処理できる情報量は限られるため、認知負荷が高いタスクを課した場合、完了できない生徒もでてきます。
そのため、生徒が一定のレベルに達するまでは、ワーキングメモリに配慮し、段階的な支援(足場)を明示的に提供したり、モデルを示すと効果的です。生成AIのプロンプト(指示文)を作成する際は、タスクをできるだけ小さく、シンプルな要素に分けていく必要がありますが、それは授業での指導にも通じるものがあります。また、生徒が自分の学びに責任をもって取り組めるように、教師の指示に従うだけでなく、生徒の思考が働くような工夫が必要です。
■機械にアウトソースした結果
AIを活用したエッセイ作成の学習効果について、興味深い研究があります。ChatGPTの支援を受けてエッセイを書いた学生は、教師による指導など別の支援を受けた学生よりも、質の高いエッセイを執筆できました。しかし後日のテストでは、知識が伸びていないどころか、むしろ成績が低下した部分があることが報告されました。
これは、ChatGPTは課題を完成させる時には大きな助けになる一方で、知識の習得には必ずしもつながらない可能性を示しています。これは課題に取り組む時間が大幅に短くなり、学習の負荷が低くなったことが原因であると分析されています。つまり、学習者がAIに過度に依存すると、自分で考える努力を放棄する「メタ認知的怠惰」に陥ったり、動機付けを弱める可能性があります(Fan, 2025)。この研究は大学生を対象としたものなので、子どものAI使用となると、その影響はさらに深刻なものになるかもしれません。
授業にテクノロジーを取り入れたい教師は、AIツールを使って文章作成の手順を減らせると考えるかもしれません。例えば、生徒に日本語でアイデアを考えさせ、AI翻訳ソフトで英語のエッセイを作成させる(手順2、3、4を省略)といった方法です。これは一見魅力的なショートカットに見えます。より質の高いエッセイが出来上がり、空いた時間は他の課題に充てられるからです。しかし、隠れた代償はないのでしょうか? AI活用に潜む危険性を探ってみましょう。
■知識がないとAIを効果的に使えない
AIの出現によって、すぐに情報を入手できるようになったため、知識の習得や記憶の価値を軽視する意見を目にします。確かに、検索したり、生成AIを使ったりすれば多くの答えは得られます。しかし、脳の「外」にあるにある情報にアクセスできても、それを自分が思考する時に応用できるわけではありません。
AIを通じて得た大量の情報は、自らの脳内に保持されているわけではありません。そのため、問題解決や創造力を求められる場面では、深く考えるためのリソースを持ち合わせていない、ということになります。思考には、自分の脳を実際に動かして獲得した知識やスキーマが必要です。
スキーマが十分に発達した大人は、AI普及前に教育を受けた世代であり、AIツールを効果的に利用できるかもしれません。しかし、まだ基礎的な知識を身に着けている段階の学習者は、AIが出した答えを自分の理解だと勘違する危険があります。AIの出力を評価したり誤りを修正するためには、一定の知識やスキーマが必要です。ところがそれを得るために必要な認知的な訓練が不十分な場合、AIが出した答えを自分のものと錯覚してしまうことがあります。(Oakley et al. 2024)
一部の教育者は、AIの時代においては、生徒が自ら作品を作るのではなく、AIの出力を評価する能力を養うべきだと提言しています。逆説的に言えば、AIを効果的に活用するためには、生徒がまず自らの知識とスキーマを構築することが必要です。
■AIを避けた方がよい場面
記憶の重要性を踏まえると、AI利用を控える方がよい場面はあるのでしょうか。
語彙や表現を覚えるには、丸暗記や機械的な練習を避け、想起する練習が有効です。書くことや話すことのやり取りでは、学習過程を細分化し、活動前・活動中に教師が支援を提供・調節する方が効果的でしょう。また読解も自分で行う必要があります。こういった場面は、記憶を呼び出すことを繰り返し、知識を頭に蓄積し、思考力や判断力を育成できる重要な学習機会です。AIに過剰に頼り過ぎると、自分の力でできるようになるプロセスが損なわれる恐れがあります。
■教師による指導とAIツールとのベストミックス
教育場面でAIを使用する際には、明確な教育的意図が不可欠であるという研究結果が続々と報告されています。AIによって効率良く課題をこなさせることを重視するのではなく、学習のプロセスを踏まえた上で、本当に学びが身についているかどうかを見極めることが重要です。そのため、利用可能な様々なリソースやツールの特徴を見極めた上で、なにを、いつ、どの程度活用するか、といった、バランスと順番が極めて重要だと示唆しています。認知的発達の途上にある子どもたちにとっては、教師の専門的な指導や判断が極めて大切、ということです。
では、AIはどの場面で活用するのが適切なのでしょうか。従来、生徒の英文に個別に添削を行うことは、教師にとって大きな負担でした。この点で、AIはフィードバックの提供において大きな役目を担ってくれます。したがって、先に述べた5番目以降の段階は次のように考えられます。
- 5.a 生徒がAIから個別フィードバックを受ける
- 5.b 生徒がAIのフィードバックに基づき下書きを修正
どのような場面でも、教師による指導とAI使用の「バランスと順番」に留意し、学習過程を重視することが、すべての生徒の学力向上につながります。
■学びを促す教師の力
AIが今後一層手軽になり、翻訳・通訳などの精度や使い勝手がよくなることは容易に予想されます。しかし、そうであったとして出力の正確性や適切性を判断したり、リアルなコミュニケーションを行ったりするためには一定の英語力は必要です。
教師は、すべての生徒の学習効果が高まるように、学びをデザインすることが必要です。生徒の学習過程を踏まえた上で、いつ、だれが、何を、どの程度行うかということを判断できるのは教師です。授業中、生徒の脳がどのように動いているのか、どのようなプロセスで思考を行っているのかなどを教師がモニターし、現実にどんな学びが生まれているのかを見極める力が求められます。
【参考文献】
- 文部科学省 中央教育審議会 教育課程部会 総則・評価特別部会(第4回) 配付資料 検討資料④ 個に応じた学習過程の充実について(令和7年12月15日)
- Oakley, B., Johnston, M., Chen, K.-Z., Jung, E., & Sejnowski, T. (2025). “The Memory Paradox: Why Our Brains Need Knowledge in an Age of AI.” In The Future of Artificial Intelligence: Economics, Society, Risks and Global Policy (Springer Nature, forthcoming).
- Fan, Y., Tang, L., Le, H., Shen, K., Tan, S., Zhao, Y., Shen, Y., Li, X. and Gašević, D. (2024) Beware of metacognitive laziness: Effects of generative artificial intelligence on learning motivation, processes, and performance, British Journal of Educational Technology.