生徒をやる気にさせる指導テクニック

2017年、中村先生は文部科学省が実施した「英語教育推進リーダー中央研修」に参加しました。そこでブリティッシュ・カウンシルの講師から学んだ実践的なアプローチのいくつかを同僚に紹介しました。1つ目はICQs(Instruction Checking Questions)。教師の英語の指示が理解されているかを確かめるために、「Aの人は手を挙げて。何の役割でしたか?」「Bの人は手を挙げて。Bは何でしたか?」というような質問をするのは、中学生みたいに感じてあまり気が進まない同僚もいました。けれども、「だまされたと思ってやってみて」と勧めてみると、授業を終えて「本当に盛り上がった!」とその効果を喜んで報告してくれる教師の姿がありました。高校生ですから授業中でも気が散っている時もあり、必ずしも全員の準備が同じタイミングとなるわけではありません。ICQsは理解度を確認する以外に、気持ちを揃えるという効果があるようです。2つ目は生徒の生活や経験に関連付ける、personalisationという「自分ごと」として取り組む度合いを上げる工夫です。ディスカッションをする際に‘What is peace?’というような抽象的なテーマより、生徒たちの生活や経験に関連させることが重要であると確認しました。3つ目は活動中のモニタリングで、中村先生は、ブリティッシュ・カウンシルの研修では講師が教室をよく歩き回って、活動を見守ってくれている、興味をもってみてくれているという実感が伝わってきたと言います。以上のような指導テクニックを同僚と共有したことはターニングポイントであったようで、このことを中村先生は「潮目が変わった」と表現しました。外部機関の専門性は、英語科で取り組む土壌を強固にする役割を果たしたようです。

2つのエピソード

英語教育を改善する6年間を振り返り、2つの印象的なエピソードがあります。ひとつは、自律的な学習者を育てる、という点。昔から短文を何度も繰り返し唱えて覚える、というやり方がありますが、これを嫌そうにやる生徒はいても喜んでする生徒はあまり多くはないでしょう。中村先生はある授業の後に、試験対策で短い文章を読んで覚えている生徒に、『一生懸命にやって偉いね』と声をかけました。すると、「これ本当に大変なんだけど、しゃべる授業の時にすごい役に立つ」という答えが返ってきたのです。やらされている、と思いつつ覚えるのと、使える、と思って覚えるのでは全く意味が異なります。何のための学習かを理解し、やる気をもって自学自習に取り組むことが本当の力を育てる、ということを実感した場面だったそうです。

2つ目は、多面的な評価軸を設定することです。英語と一口で言っても、そのスキルや知識は様々で、ペーパーテストが得意な子や単語力がある子、またスピーキングやライティングが上手な子など、生徒の得意分野も様々です。中学校の時に英語の成績が振るわず、高校入学当初は自信を無くしていた生徒がいました。けれども彼女はスピーキングが得意で、コミュニカティブな授業で「Volunteer, please.」という教師の求めに真っ先に手を挙げ、グループワークをリードし生き生きと話す姿に、回りから「あいつすごいよね」と認められました。そのことで彼女は英語が嫌いにならず、自信をもってペーパーテストにも力を注ぐようになり、結果としてほかのスキルも伸びていったのです。多面的な評価軸があると、個々の特性を認めることにつながり、結果として英語嫌いを減らすことにもなる例です。

校長先生はロールモデル

生徒にとって、英語教師は英語の使い手としてのロールモデルですが、日比谷高校ではその役割を武内校長も担っています。物理が専門の武内校長は、大学を卒業して30年間一切英語を使わなかったといいます。それが今では、外国からの訪問者があると英語で出迎え、講演会でスピーカーが英語だと自身も英語で話し、集会で英語関係の証書は英語で渡しています。中村先生は、「校長先生の英語はいわゆるネイティヴスピーカーのようなものではないかもしれませんが、そうやって使う姿勢が広がっていった。使うことがいかに重要か、そして使い続けると変化が起きるということを、校長が率先して模範を見せている」と、生徒に与えている影響の大きさを語ります。「自分の意見を表明する時に英語を使える、そういうチャンネルを持っておかなきゃだめなんだよ、と言っている訳だから、それを実践している大人がいる、ということ」と武内校長は言いますが、それをやってのける学校長はそれほど多くないかもしれません。

大学入試はゴールではない

日比谷高校の英語教育は、本質的な英語力向上にシフトをしたことで変化を遂げました。「将来は、国籍の違う人たちと英語できちんとコミュニケーションをとって、一人ひとりの良さを繋いで、成果を出すリーダーにならなきゃいけない。そこにゴール設定をしているから、入試はあくまでも通過点でしかない。だから授業を変えることに怖さがない。絶対に英語でのコミュニケーション力は必要になるから」。そのような信念を持ち、教員が一丸となって取り組み、授業をコミュニケーションの場面にして、4技能をバランスよく扱う工夫を重ねました。入試英語とか英会話とかという区別をせず、本質的で実践的な英語力を重視したことで、センター試験を含め既存の試験の成績も向上しました。

新学習指導要領では、予測不可能な未来の中で、人々と協働して未知の問題解決に取り組み、何か新しい知や価値を創り出せる力を育てようとしています。日比谷高校の英語の授業では、友達とのペアでの対話やグループでの対話を設定し、そこできちんと自分の考えを出して、表現して、しっかりとした思考力を育てる場面を重視します。そしてそれは、他の教科にも広がっています。ただ現実問題として、既存の入試に対応できる力も必要であるため、土曜日や夏休みの講習の中で扱ったり、集団でできる学びと個でできる学びのバランスをとり学力向上を行っています。

恐れずにやってみる

「話すための基本的なものが生徒の中にインプットされてないと、(言語)活動をやっても駄目なんだという先生が多い。日比谷ほどの進学校じゃない、そこに続く進学校の英語の先生もそう言うけれど、僕は違うと思う。やるべきだと思う。やっていく中でついていくはず。」と力強く語る武内校長に、中村先生は続けます。「現場が変われと言われるが、トップが迷っているという場合もある。日比谷は校長先生自身に、強い問題意識があったので動きやすかった。日比谷が恐る恐るやってみて、結果が出ている訳だから、(他校は)それはもう恐れることはないと思う」。管理職のリーダーシップとともに、現場とのコンセンサスと前向きにチャレンジする風土、そして双方がビジョンを共有することで着実に成果を出してきました。

今夏の海外研修では、誰かの通訳に頼ることなく、現地の教授の講義をパーフェクトに自分の耳で聴き取り、自分から質問をする生徒の姿がありました。今後は授業運営や教材研究を更に充実させ、全体的なレベルアップを図る計画であるということです。

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