グローバルリーダーを育てることを目標としながら、海外研修で英語が理解できない生徒たちの様子に危機感を感じた武内彰校長は、英語科主任である中村隆道教諭を中心に、英語教育改革を進めてきました。すべての英語の授業で生徒同士の積極的な英語コミュニケーションが成立するようになった背景には、校長によるビジョンが明確なリーダーシップ、生徒の学びに焦点を合わせ建設的に協働する教師、学校自体の積極的な風土、そして外部の専門知からの影響がありました。その経緯を武内校長、中村教諭のお二人から話を伺いました。

強い問題意識から始まった改革

東京都立日比谷高校の英語の授業は活気にあふれ、生徒が英語を使う時間が授業の大半を占めています。学校に伺ったのは10月で、1年生の授業のテーマは環境でした。4人グループになり、各自が調べた内容のプレゼンテーションを行っていました。その中の一人は、教科書にあった環境プロジェクトが失敗に終わった理由と今後の示唆について、写真を用いながら説明し、別の生徒は清潔な水が入手できないことが女性や子供に与える影響について、水運びの実演を含めて訴えていました。友人のプレゼンテーションに聞き入り、敏感に、時に真剣に、そしてユーモアには笑顔で反応していました。その後メンバーからの質問に答え、ディスカッションに移りました。

どっぷりと英語に浸かり、英語を豊かに使っている様子は非常に印象的で、生徒全員が参加していたことも注目に値します。教科書にあるテーマの理解を深め、調べた内容を元に、自分の意見や考えを表現する、まさに主体的対話的で深い学びがそこにありました。これはコミュニケーション力向上に重点を置いた授業だけに限ることではなく、文法を中心に扱う授業でも同様です。教師は主に英語で進めますが、日本語は必要な部分のみに効果的に使い、生徒同士が対話を通して理解を深めていきます。

このような授業改革は今から6年前、2013年に始まりました。当時の海外研修で一部の生徒たちは、現地の大学の先生の話が十分に理解できず、帰国生に通訳をしてもらうような状況でした。グローバル社会に生きる生徒たちにとって、将来英語を「使う」ことが必要であるにかかわらず、この様子に危機感を覚えた武内彰校長は、それまでの日本語中心の授業から、4技能を育てる授業への転換を目指しました。その頃に着任した中村教諭によると、当時は「訳読とパターン・プラクティス(機械的な反復練習)が中心だった」といいます。

まずは使うこと

授業にオーセンティックな英語教材を取り入れていくと、そこには何よりも生徒が楽しむ様子がありました。「ニュースを観て意味が分かれば楽しい。そうするともっとほかの教材や活動にも取り組みたい、という生徒のモチベーションに助けられて、ディスカッションやディベートなど活動が増えていった」と、中村先生は当時をふりかえります。定期テストの出題を英語にしたことは生徒にとっての知的な興奮でした。授業での生徒間のやりとりは徐々に増え、最終的には「日本語の授業だと眠たくなる」という感想まで聞かれるようになったのです。それだけ英語の授業に集中し、生徒一人ひとりの参加度が高いと言えるでしょう。最初は必ずしも諸手を挙げて賛成した教師ばかりではありませんでしたが、元々そういった授業をやりたいと思っていた教師の存在や、生徒の変化を目の当たりにしたことから、授業改革は少しずつ、そして着実に進展していきました。

英語で授業をする時に、自分の英語力、特に正確さに十分な自信を持てず、なかなか踏み出せないという教師が時々います。この点について中村先生はご自身の経験を次のように語っています。「教師がどんな授業をするのか、どういうトピックを与えてくれるのか、ということの方がリスペクトにつながっていく。あまり自分の英語を心配しないでやっていくうちに、周りもそういうことじゃないのかな、という風になっていったと思う。」

流暢さと正確さとの折り合い

流暢さを優先すれば正確さが軽視され、模擬試験や検定試験などでは通用しないのでは、という懸念を聞くことがあります。日比谷高校においても同じような声はありました。授業改革を進めていく中で「一時期は成績が下がってもしかたない」と武内校長は覚悟をしていたのですが、予想に反して結果は上がり続けました。その背景には、生徒のモチベーションの高まりが大きいと武内校長は分析します。「自分で話す機会があって、日常的に授業の中で当たり前に話す、聞き取る。もっとちゃんとやりたい、って思うじゃないですか。そうしたら、インプットするモチベーションだって絶対高まる」。入試英語、実用英語という分け方ではなく、本質的な英語に生徒が気づいたということです。結果としてセンター試験で学年平均が90%を超え、東京大学にも合格者が多数出るようになりました。

スピーキング活動を取り入れるとなると、「ペラペラ話せても内容がないといけない」とか「スピーキングの誤りをどう修正するのか」という声を聞きます。そういった危惧に対して、中村先生はテーマ設定に工夫をこらし、「正確で文法に全く間違いがない英語が話せるようになるまで待つのではなく、とにかく使うことが大事」と強調します。加えて、誤りをコミュニケーションが成り立つか否かという観点から分析することの重要性についても力点を置きます。例えば、時制や態の誤りはコミュニケーションを難しくしますが、三単現の「s」や軽微な冠詞の誤り等は通常のやりとりに大きな支障はありません。それらを同じように減点したり指摘したりするというのは、悪い意味で「情意フィルター」がかかってしまい、生徒の言語活動が消極的になってしまいます。そういったことよりも、論理性とかエッセイの構成等を大事にすることじゃないかと思います。

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