「生徒」が英語を使って自分の思いや経験を話す授業が求められる中、各教育委員会は指導力向上に取り組んでいます。今回は中学校での事例について、大阪府教育センターの信田清志主任指導主事からお話をおうかがいました。 |
教師の指導に対する考えの変容
大阪府では、2016年度から3年間、中学校教員の英語指導法研修が実施されました。今回おうかがいするのは、2018年5月~2019年1月にかけて行われました5回シリーズについてです。
この研修は、同一の中学校教員が年5回の研修を受講し、その第1回と第5回を大阪府教育庁(大阪府教育センター)が、途中の3回をブリティッシュ・カウンシルが担当しました。府内の市町村から約70名が参加したこの研修では、「私の授業に対する考えやスタイルは大きく変わった」という声に代表されるように、研修前後で参加者の意識が顕著に変容したという結果が質問紙調査から見られました。
例えば、「英語でお互いに話す機会をたくさん提供している」割合が、研修前の24%から研修後には76%へ、そしてスピーキング指導に対する自信については、11%から51%へと大きく変化しました。この結果について、信田先生は次のように分析しています。
「調査結果で注目しているところは、①English Richな授業実践、②自己関連性を含めた授業実践、③コミュニケーションの要素が生かされた授業実践という3つの授業実践が、バランスよく改善されたことです。例えば、授業中に教員が使用する英語量が増えても、English Richの視点を踏まえていないと、生徒が理解できる、意味を成した英語として伝わりません。そして、自分の考えや経験・気持ちを英語でアウトプットするためには、生徒の自己との関連がある言語活動が必要です。しかし、いくら①、②に配慮した授業であっても、最終的にコミュニケーションの要素としてのタスクが設定されず、パターン練習だけだと意味がありません。言語の使用場面を踏まえ、意図された言語材料を使ってコミュニケーション活動の指導ができたという自己効力感が向上したことが、教員の積極的な授業改善への姿勢につながったと考えています。」 また、「生徒が英語を使う指導をしている」と考える教員に加え、「生徒が英語の授業を楽しんでいる」という生徒の情意面が変化したと捉えた教員が増えたことにも注目をしていました。
研修前 - 授業像を模索する教師
信田先生は、日々の授業実践に漠然とした不安があり、めざす理想の授業や英語教師の在り方を模索している先生が多くいることも話されていました。「授業見学の後、ほぼ皆さん『私の授業は、これでよいのでしょうか?』という質問を私にされます。そして、続けざまに『明日からすぐ使えるアクティビティが知りたい』という話をされます。そのような時には、『明日使えるアクティビティを教えることは直ぐにできるけれども、気をつけないと、明後日には使えなくなるかもしれません』と話をします。」とおっしゃっていました。
「英語(言語)教師認知の研究では、教師の指導は自分が学習者であった時の経験や、大学の教員養成課程での学び等の影響を多大に受ける、とされています。また、教師経験が長くなると、指導法や発問の仕方、授業構成などが「自分のやり方」に固まってしまい、何か新しいことを受け入れにくい傾向があるとも言われています。そういった言語教師の特性を理解した上で、授業の在り方についての納得解を皆で共につくっていきませんか」と提案をされることもお話されていました。
教師としての英語に触れる
今回の研修で大阪府がブリティッシュ・カウンシルに期待したことは大きく2点ありました。1つ目は、エビデンスのある指導法についての専門性、2つ目は学習者としての体験の呼び戻しでした。この点について信田先生は次のように解説をされました。
「先ほどもお話しましたが教員の皆さんは、具体的に授業で使えるテクニックを求めています。そのようなテクニックを習得するなら、明後日に使えなくなるものではなく、そのテクニックが有効である仕組み、いわゆるエビデンスに基づいた理論や根拠を紹介しながら、実際に体験的に身に着ける方が効果的だと考えました。その点、ブリティッシュ・カウンシルの講師は、理論と実践の懸け橋となるDELTAの有資格者であることは魅力的でした。
また、求められている授業のイメージが持ちにくいという声は、教員の多くが学習者であった時に、コミュニケーション志向の授業を体験していないことも原因と考えられます。その点、ブリティッシュ・カウンシルの研修は、基本的にEnglish Richの考えで進められたデモ授業を通して、あたかも学習者のように教授方法を体験させてくれます。それは、教員が学習者だった時の経験を呼び起こすだけでなく、授業モデルのアップデートにはとても重要なことです。また、学習者に分かりやすい英語の使い方や実際に教室で授業をするモデルが示されるなど、英語を英語で学ぶことの意義を理屈抜きに感じることができるのも良い点でした。」
教師としての学びを促進させる
大阪府が実施した研修は、5回がワンセットになっています。第1回の大切な部分で、大阪府が「こんな授業や教師の学びをつなげる先生になって欲しい」という研修のねらいや方向性を明確に提示されました。その後、第2回~第4回をブリティッシュ・カウンシルが具体的、実践的に研修を行い、最後には学びや実践のふりかえりを大阪府が担当しました。
「この研修の目標の一つは、教師が研修で学んだことを生かして、能動的に授業改善に取り組むこと。その点から、研修を通年で設定することに大きな意味がありました。というのも、研修で理論と指導法を学び、その後、授業実践するには期間が必要です。その上で、『こんなことをしたけど、どう思う?』と、同じ受講者と共有したり、講師が理論と授業実践とを更に結びつけ整理した上で、次の研修内容に移行する、という学びの連続性が非常に有効だと考えました。それらは単発や連続の研修ではできません。研修の学びを元に授業実践の計画を立て、実際に取り組み、それらをふり返るという一定の時間枠が確保できませんから。」とお話をされていました。
同僚や仲間との高め合う
この研修では、全体を通してグループワークが設定され、経験を共有する機会が多く組み込まれました。大阪府が最も大切にされたことは、受講者である教員の自主的な授業改善や授業づくりに加え、それを教員間のコミュニティで行うことでした。例えば 「スピーキング活動の前には、こんな準備(=足場掛け)が必要なのだ」ということがわかり、効果があることを体感した教員は、「じゃあ、その視点でどんどん変えていこう」と授業実践が数珠つなぎとなり、それを遂行する意欲も自然と高まりました。また、実践を同僚や仲間と共有することで、自分の体験が整理され、新たな気づきや理論の深い理解につながりました。
そのためには、英語担当の教員がつながり、学校や市町村を越え連携して良いものをつくり上げる風土が大切となるため、大阪府は研究授業の指導助言などに積極的に学校を訪れたそうです。この時の様子を、「正解を求めるのではなく、自分たちであるべき英語の授業をつくっていこうという気概が参加教員の意識を変化させた」と信田先生は表現し、「その変化の連続が学校全体に広がることこそ、教育には必要なことではないでしょうか」と続けました。また、「管理職の方からも、とにかく参加された先生たちがやる気になったと言う声が多く聞かれた」とも話をされていました。
3つの変化
最後に、研修を通して起こった変化について、信田先生は次の3点を挙げていました。
1つ目は、英語の授業観を変えることに対して不安感が軽減しました。例えば、リーディング指導では「読んで訳して理解する」から、「文章の大意を把握して、それについて議論する」というように、コミュニケーション活動としては読んだあとにスピーキング活動につなげることが大事だという気づきがありました。また、その実践を一人ではなく、仲間で試行錯誤をしながら進めたことが教員の不安感を軽減させ、安心してすすめていけたことが変化を導いたのではと考えています。
2つ目は、実際に研修で学んだことが授業実践で「使えた」という実感です。これは、研修で習ったことを授業でやったら上手くいった、研修で受けたことが使える、という実感のことです。「明日、何を使ったらいいんですか」と、人に尋ねて得たものではなくて、ご自身がやり方を試行錯誤しながら体得した、という点が授業に対する態度の変化につながったのではないかと考えています。
3つ目は、教員から見た子どもたちの学びの姿勢が変わりました。例えば、スピーキング活動を「やらされている」状態から、「子どもたちがアウトプットしたくなる」という学びの姿勢に変容したことです。子どもたちが発話したくなる工夫を5回の研修で学び、教員実践が少し変わりました。使い古された言葉ですが、指導者が変われば子どもが変わります。
今後は、研修参加者をつなぐコミュニティづくりや、それをサポートする市町村教育委員会の外国語(英語)を担当指導主事の力量を高めることが重要、という信田先生の展望をうかがいお話を終えました。(2020年7月公開)