2人の男性と5人の女性の俳優が、スクリーンの中にいる男性俳優と一緒に、舞台の上で演劇をしている。
『テンペスト』 (Photo by Jun Ishikawa / © Jun Ishikawa)

パンデミック下の、多様な人たちによるコラボレーション

連日『テンペスト~はじめて海を泳ぐには~』の稽古に励む俳優・スタッフたち。稽古場では多様な障害を持った人たちが、互いにサポートしながらコミュニケーションをとっていた。高次能機能障害のヤナギ(柳浩太郎)が少し混乱しそうなときに、足に障害のあるサチカ(瀬川サチカ)が理解を助けるよう丁寧に説明する姿や、全盲のジョニー(関場理生)が移動するときに、ろうのバンダナ(平塚かず美)がそっと寄り添う姿が、自然と見られた。いろいろな困難はあるものの、それを乗り越えようとするポジティブな空気が流れている。

今回、出演だけでなく演出にも挑む、ろうの大橋ひろえは「一人一人が、こうしたいという意見や考えを持っている印象を受けます。それがお互いにいい影響をもたらしている」と話す。多様な障害を持つ人たちでつくり上げることについても、「音の聞こえない人と目の見えない人の組み合わせが一番難しいと聞いたことがあります。今回ジョニーがいることで、私たちだけでは想像できないような絵が描けるのではないかと思う。音のない世界と光のない世界が融合すると、きっと新しいドラマが見えると思います」と期待する。

ただ、思った以上に言葉の壁を感じることもあるという。総合演出のジェニー・シーレイはzoomでの演出となったが、それも現場のすべての情報を伝えられるわけではないというもどかしさを感じている。「手話通訳や日英通訳を通してコミュニケーションをとっていますが、どうしてもズレはあると思う。そのズレをどうやって埋めるか。みんながお互いに努力してコミュニケーションをとろうとする、この姿勢がとてもありがたく、愛おしく感じています」

日本側で大橋ひろえとともに演出を担当する岡康史は、あらためて気づいたことがいろいろあると話す。「僕自身、身体障害者で、ある程度障害について考えてきたつもりでしたが、それでもほかの障害について何も知らなかったんだということを感じました。演劇をつくるうえでも、誰かに見えないことがある、聞こえないことがあるということを、恥ずかしながら忘れてしまうことがある。これまでいかにそういうことをしてこなかったか、思い知らされています」。

今回は、ただでさえ困難が伴うプロジェクトを、未知のウイルスが襲った。「私たちは弱い者です。社会的にも、体力的にも弱い。ただでさえ動きづらいのに、コロナ禍で、余計動きづらくなりました。それでもなんとか表現活動を続けられているのは、本当にみなさんの力です。今回は弱さを見つめ直す機会でもあり、その弱さを認めたうえで、そこからどうすればいいのか、やってみる機会になったと思います」。また、いま彼らが感じていることをお客さんにも共有してもらえたらと話す。「見てくださる方も、障害について多くを知らないと思います。そのつながりづらさは、ある意味、(舞台をつくる)僕らのつながりづらさかもしれない。それでも、どこかでつながれるんだということを、体感してもらえたら」。

コロナで困難が増したこともあれば、公演が1年延期になったことで功を奏したことも。ジョニーこと関場理生は、その間にお互いのことを知ることができ、ゆっくりなじむことができたという。「このプロジェクトに関わるまで、耳の聞こえない人とコミュニケーションをとったことがありませんでした。でもいまでは簡単な手話ができるようになりました。自分が話すときに手を動かすなんて、そもそもやろうと思ったことがなかったんですが、言葉と連動させて手が動くという経験が新鮮で、今後もこの感覚は忘れないでいたいと思います」。ほかの障害を持つ人とのコミュニケーションも貴重な機会だったという。「たとえばヤナギさんは高次脳機能障害ですが、これまでは脳に障害のある人と言葉を交わすのは難しいと感じていました。でも一緒に芝居をするとなると、話さざるを得ない。演劇をつくるからこそ話ができる、距離を近づける状況になったのは、とてもいい機会でした」。今回のプロジェクトで全盲者は彼女だけだが、みんなが手を差し伸べてくれている。「私にとっては一緒に歩くときにその人の特徴を感じられるので、みなさんがいろいろなかたちでサポートしてくれるのはとてもありがたいです」。

Zoomで稽古場とつながるジェニー (Photo by Ryuichi Maruo)
大橋ひろえと柳浩太郎 (Photo by Jun Ishikawa / © Jun Ishikawa)
映像出演するファティマ・ニーモーガと瀬川サチカ (Photo by Jun Ishikawa / © Jun Ishikawa)
『テンペスト』ゲネプロの様子 (Photo by Jun Ishikawa / © Jun Ishikawa)

残念ながら来日が叶わなかったジェニー・シーレイは、それでもこの舞台がすばらしい作品になると確信している。「パンデミックのなかでつくられた、これまでにない作品。すべてが含まれた『テンペスト』になっていると思います。私たちの挑戦を見て、あなたの中にある“テンペスト”を発見してほしい。そして障害のある人たちの才能を味わってほしいと思っています」。また、この状況下で国際的な協働ができたことは、非常に意義のあることだという。「世界中の障害がある人たちがコラボレーションして何かをつくるということがとても重要です。世界の別々の場所にいても、お互いに支え合い、ひとつの目標に向かって一緒に作品をつくることができる。それが世界に希望を与えるのです」。

もしかしたらこの舞台の観客は、わかりづらさやもどかしさを感じることがあるかもしれない。でもそこで諦めるのではなく、見えない壁を乗り越えようとすること、想像力を働かせることで、見えてくるものがあるはずだ。前代未聞の状況でつくられた、これまでにない『テンペスト』。それは俳優や出演者、そして観客にとっても、いろいろな気づきを与えてくれる特別な作品になるに違いない。

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