オンラインでジェニーとコミュニケーションを取る日本側演出家と役者たち(Photo by Ryuichi Maruo)

いくつもの壁を超えて

障害も言葉も違う3か国のアーティストたちが集まってつくり上げる舞台『テンペスト~はじめて海を泳ぐには~』。2020年に上演される予定が、新型コロナウイルスの世界的な蔓延によって延期になり、今年2021年、2年以上の準備期間を経て、ようやく上演に漕ぎ着けることができた。といっても長引くコロナ禍で、総合演出を務めるジェニー・シーレイは来日できず、英国とバングラデシュの俳優も映像での出演となった。障害、言語といった壁に加えて、距離の壁を乗り越えるという新たな挑戦が加わった。

まず、シナリオが大きく書き換えられた。もともとシェイクスピアの『テンペスト』をベースにしながら大胆な翻案が考えられていたが、この現代の世界を覆う感染症をも作品に取り込み、俳優たちはテンペストでの配役以前に、自分自身として舞台に登場し、多様な障害を持った彼ら彼女らが『テンペスト』をつくり上げるという、いわばメタフィクションの構造をとっているのだ。つまり、キャリバンを演じるヒーロー(大橋ひろえ)、プロスペローを演じるヒデ(田代英忠)、エアリエルを演じるサチカ(瀬川サチカ)、ミランダを演じるジョニー(関場理生)、ファーディナンドを演じるヤナギ(柳浩太郎)、アロンザ女王を演じるバンダナ(平塚かず美)らが、この作品の登場人物となり、彼ら彼女らが、映像を通して海外の俳優たちとも芝居を繰り広げる。さらに、手話で演じられる部分をボイスオーバーし、口語で演じられる部分に対して手話を行うステージマネジャー(吉冨さくら)も、舞台のアクセシビリティを担保するために重要な登場人物のひとり。このような複雑な構成に、観客は最初は戸惑うかもしれない。けれど、この混乱、そしてそのバックステージまでも作品化してしまうのが、この新作舞台のユニークさなのだ。

6月1日からの公演に向けて、5月からは日本人キャストと演出家が集まり、オンラインにて総合演出のジェニーが英国から見守るなか本格的な稽古がスタートした。これまでのワークショップでもそうだったが、この場ではさまざまな翻訳が必要になる。まず、彼ら彼女らの障害は1種類ではない。ろう者がいて、全盲者がいて、身体障害や目に見えない形の障害を持つ役者もいる。このため、誰かが話すと、それを手話通訳する人がいて、ろう者の手話も通訳される。さらにジェニーと話す場合は、英語通訳者がおり、画面の向こうの英語の手話通訳者がジェニーに伝え、ジェニーは英語で答え、こちらの英語通訳者と手話通訳者がジェニーの言葉をみんなに伝えるという具合。ジェニーはオンラインでリアルタイムでつながってはいるものの、リアルなこの場にいないというのは、全員の表情をはっきりと見ることは難しいだろうし、さらにコミュニケーションが難しくなる。それでも全員が、時間をかけ、お互いの意図を読み取ろうと丁寧にコミュニケーションをとる姿が見られた。

英国からリモートで演出を行うジェニー・シーレイ (Photo by Ryuichi Maruo)
日本側演出の大橋ひろえと岡康史(Photo by Ryuichi Maruo)
キャストの柳浩太郎と瀬川サチカ(Photo by Ryuichi Maruo)

稽古は基本的な台本の読み合わせから進められていった。そこで疑問があればジェニーに質問したり、ここでは誰が手話をするのか、どう観客に見せるのかといった問題を確認していく。それも例によっていくつもの翻訳でのやりとりがあるため、少しずつしか進まない。これで本当に万事うまくいくのだろうか……。俳優たちには不安や焦りも見られるようになった。稽古がスタートして1週間ほど経過したある日、俳優たちがそれぞれ抱えている思いをミーティングで話し合う時間が設けられた。そこでは、このプロジェクトがいかに大変なことにチャレンジしているかということがあらためて浮き彫りになった。それぞれの障害についてわかっているつもりでも、障害の程度や、どんなことに困っているかというところまではなかなか想像が追いつかない部分もあったようだ。こういった課題を稽古のなかでどう改善し、作品につなげていくか、すぐに答えは出なくても、まずはお互いの課題を共有することが大事なのではないだろうか。ジェニーはいつも「俳優たちがお互い助け合うことが何より重要」と話していた。稽古は単なる舞台のリハーサルではなく、彼ら彼女らが理解を深め、お互いをサポートし合うような、重要な時間になっている。その先にある大きなひとつの目標、これまでにないようなクリエーションに向けて、いまも熱心に稽古が続けられている。

テキスト:榎本市子 

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