日本側演出の大橋ひろえと岡康史(Photo by Ryuichi Maruo)

日本人演出家・俳優が触れたジェニー・シーレイの世界

障害のある演出家と俳優たちによってつくり上げられる舞台『テンペスト~はじめて海を泳ぐには~』の稽古も中盤を迎え、俳優たちが台本を片手に実際の動きなどをやってみる立ち稽古が行われていた。総合演出を手がけるジェニー・シーレイは、zoomの画面越しに俳優たちに指示を出す。ただそれは細かく動作を指示するというよりは、俳優たちにやらせてみて「いまのはとてもいいと思う」「こういうのも見てみたいのでやってみて」というように、演技の可能性を引き出すようなやり方だ。俳優たちからこうしてはどうか、という提案があれば「やってみましょう」とそのアイデアを採り入れることも。柔軟でありながら的確に指示を出し、さらに俳優たちに考えさせるという場面もある。

たとえば、サチカ(瀬川サチカ)とヤナギ(柳浩太郎)が自身の障害について話をするシーン。それぞれ実際の障害について説明をするのだが、ジェニーは「ここはもっと観客を巻き込みたい。個人的な体験の話をしながら、いかに観客を巻き込むかを考えてみて」と課題を与える。台本は稽古中も部分的に差し替えられたり、新しいセリフが挿入されたり、日々更新されていく。ジェニーが新しいアイデアを送ってくると、翻訳や共有などそれに対応するのも大変だが、レベルの高いオーダーにも、演出家、俳優、スタッフ、みんなが懸命に応えようとしていた。

コロナ禍で来日が叶わず、遠隔での演出という困難に見舞われても、ジェニーは新しい発見があったと前向きだ。「今回zoomでも演出できるということがわかって、いろいろなことを学びました。ヒロ(大橋ひろえ)とヤスシ(岡康史)が稽古場の中の演出家だとしたら、私は外の演出家。新しい取り組みができたと思っています」。今回はジェニーの総合演出のもとで、大橋ひろえと岡康史も演出を務める。俳優だけでなく、障害を持った演出家の育成も、今回のプロジェクトのねらいのひとつ。「英国だけでなく、世界では障害を持った演出家がたくさん活躍しています。ヒロとヤスシも今後活躍していってほしい。そして演出家が学ぶのに一番いいのは、ほかの演出家の演出を見るということ。今回は二人にとってそういう機会になると思います」。

英国からリモートで演出を行うジェニー・シーレイ (Photo by Ryuichi Maruo)
日本側演出の一人を務める大橋ひろえ(左)(Photo by Ryuichi Maruo)
日本側演出の一人、岡康史と関場理生(Photo by Ryuichi Maruo)

ろう者である大橋ひろえは、聞こえない人と聞こえる人が協働し演劇をつくる「サインアートプロジェクト.アジアン」を旗揚げし、俳優として活躍中。2011年に彩の国さいたま芸術劇場で上演された『R&J(ロミオとジュリエット)』でもジェニーの演出を経験しているが、今回は演出という大役もこなす。「ジェニーと一緒に仕事ができるということでいろいろなことを学べると思いました。でもいまは想像以上にカオスで、まさにテンペストの状態(笑)。悩む日々ですが、あとで振り返ったら“あー、こういうことだったのか”と考えさせられることが起きているんじゃないかなと思います」。ジェニーの演出にはとても刺激を受けていると話す。「舞台美術の使い方が印象的で、たとえば椅子も、単なる舞台上のセットではなく、椅子そのものも巻き込むような演出をするんです。あと字幕も舞台の一部のような見せ方をする。こういうやり方もあるんだ、といい勉強になりました。想像力を豊かにさせてくれるのがすばらしいと思います」。

「劇団午後の自転」代表の岡康史は、演出家として、同劇団で多くの作品の劇作と演出を手がけてきた。ジェニーとともにこのプロジェクトに取り組みながら、そのアイデアの豊富さに驚かされるという。「僕はこれまでテキストに沿った表現をする演出をしてきましたが、ジェニーのイメージの豊富さ、ビジュアルへのこだわりに圧倒されます。役者がこう動くときれいだとか、稽古場にあるものを動かしていくなかで、美しさを追求していく。それと、自分のこれまでの経験では、否定から入ってしまうことがあるんですが、ジェニーは否定することなく肯定から入る。弱さを悪いことと捉えず、どう生かすか考えながら接しているんです。一人一人を肯定していくジェニーに刺激を受けています」。そして自分の役割について、「ジェニーがビジュアルにこだわる分、僕としては役者の内面を描くような、リアリティを持った表現をやっていきたい。いまジェニーの世界の中で自分ができるのは、そういうことだと思っています」と話す。

ジェニーの演出は、俳優たちにとっても大きな刺激となっているようだ。ミランダ役を演じるジョニーこと関場理生は、今回の参加者の中で唯一の全盲者。彼女は、自分がダンスをするシーンがあることに驚いたという。「耳が聞こえない人は体で表現するのは得意なので、聞こえない人がダンスをするならわかるのですが、なぜ目の見えない私を踊らせるんだろう?と思いました。でも稽古でダンスシーンを見てもらったときに、ジェニーがやりたいことがわかった気がしました。障害者だからとか、目が見えないからこうだと決めつけない。こういうことは得意だろう、これは苦手だろう、という思い込みを打ち砕いていくんです。私は見える人に比べたら動けないので、ダンスは苦手だと自分で思っていたのですが、それをやってほしいと言ってもらえたのが新鮮でした」。

常識を打ち破るような、固定観念にとらわれない発想で、さまざまな可能性を広げていく。そんなジェニーのやり方が、日本人キャストとスタッフに大きな刺激と希望を与えている。彼ら、彼女らの挑戦はまだまだ続く。

テキスト:榎本市子 

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