Levelt (1993)の発話産出モデルを単純化 したもの

パフォーマンス・テストの方法と受験指導

次にパフォーマンス・テスト、たとえばスピーキング・テストと指導方法について考えてみましょう。通常の会話では話し手がいて、そして聞き手がいます。テスト場面ではこれが試験を受ける生徒という話し手がいて、試験官という聞き手がいるということになります。しかし、指導形態を考慮した場合、これ以外にもさまざまな形態をとることができ、また必要にもなります。たとえば、受験生としての生徒が話し手としており、面接官としての教員が聞き手としているということは変わらないにしても、会話のやり取りを自然にするために、評価者は別に設けるという形態があります。こうすることにより、教員の役割は評価者ではなく、生徒と会話をする話し手と捉えることができるようになります。

また、授業でペアワークやグループワークを採りいれているならば、やはりスピーキング・テストでも生徒同士をペアにしたり、グループでの会話場面を設定したりすることが可能となります。「最近接発達領域(Zone of Proximal Development)(ZPD)という言葉を聞いたことがあるかもしれません。Vigotskyの用語です。文部科学省の主導で中高ではCan-Do Statementを作り、学習評価に生かすことが求められています。できること(can-do)を具体的に明示し学習の目標としたり、テスト得点の意味づけをしたりすることは意味のあることですが、見失われがちなのは何らかのヒントを与えられれば答えられたり、手助け(scaffolding)があれば発話ができたりという社会的な能力を見逃してしまう可能性があるところです。テスト場面では面接官は受験者に手助けをしてはいけないことになっていますが、学校内で行うスピーキング・テストでは積極的に助けるようなことがあってもいいのではないかと思うのです。また生徒同士で同時に面接試験に関わらせることにより、生徒同士が刺激し合い一人でいる以上の発話ができる可能性も出てくるでしょう。

スピーキングは実に複雑な言語活動です。上に示したのはLevelt(1993)の発話産出モデルを単純化したものです。ライティングにも当てはまると思いますが、言語産出にあたってはまず話すべき内容、書くべき内容があり、それに応じた語いを探し出すという認知レベルの作業が必要となります。次にその単語を使って正確に表現するのに必要な文法情報を加えます。例えば、他動詞であれば主語と目的語が必要ですから、名詞+動詞+名詞という構文を作成するために二つの名詞を頭の中の辞書に探し出さなければなりません。次に、規則動詞ならば過去形 -ed を付加したり、主語が三人称単数なら -s を付加するなどの形態に関する要素を付加します。その後子音 +ed ならば /-id/ と発音するなどの音韻を整え、最後に具体的な発話が行われるわけです。このことから、指導上のみならず、テスト場面でもトピックについては事前に時間を与えて準備させたり、すでに授業で扱ったトピックについて話をさせるという配慮が必要となることがわかります。また、目的についても今回のスピーキング・テストは発音を中心に評価する、文法を中心にする、場面に適切な発話ができるかどうかを目的とする等々きめ細かな目標の設定が必要となります。さらに、テストを学習の機会とするためには、評価の焦点は学習者に事前に伝えておくことも大切です。

以上のような評価方法についても、やはりテスト方法を固定された「こうあるべき」という考えをするのではなく、臨機応変にとらえ、学習を促すための指導の一環ととらえることから生まれると思うのです。

学習曲線

学習は曲線を描いて進むということは教育心理学で長く知られていました。第二言語習得でも次のような観察が行われています。たとえば、「食べた」を意味する ate を習得する過程を観察します。すると、最初に ate を覚えた時には正しく使えるのです。しかし、次の段階では eated、ated などの存在しない形式の語を使い、そして最終的に ate という正しい形態を使うことができるようになります。最初の ate と最後の ate は、表面は同じように見えますが、学習者の頭の中の言語体系においては全く別の要素です。最初の ate は一つの単語として記憶しておりこれを項目基盤の記憶(item-based memory)に基づいているということができます。一方最後の ate は自分で習得した規則から生み出した規則の記憶に基づいて(rule-based memory)生み出された形態です。また途中の形態は、誤りというよりも、学習者の試行錯誤の結果と見るべきでしょう。習得のプロセスがアルファベットの U の形を描くところから、U字曲線(Ushaped learning curve)と言われます。

このことは私たちにいろいろなことを教えてくれます。今回のテーマに関連して言えば、テストというのはこのU字曲線をとらえるのが得意でないということです。テストの成果は普通得点で表されることも大きな原因の一つですが、テストというのは、言語学習は一直線に伸びてゆくことを前提としているようなところがあります。得点が低くなるとこの生徒は怠けているのではないか、伸び悩んでいるのではないかと、親はともかく、教員までもが疑ってしまい、それが生徒にも伝わる、というようなことが多々あるのではないでしょうか。しかし、実際には U の形を描いた真っ当な習得プロセスを取っているだけなのかもしれないのです。

このような情報を読みとるのは精密なテストを作るということが一つの方策としてあり得ますが、それはテスト研究者に任せておいて、教員としては各生徒の成果を継続的に記録しながら、地道に観察を続けるということが最も重要な課題となるのではないでしょうか。このことを想定してU字曲線を見なおしてみましょう。横軸(x軸)は時間の流れ、縦軸(y軸)は正確に言語を使えるという意味での言語能力を表しています。この図を見ると言語習得は、あたかも時間がたてば自然にU字形を描いて進んでゆくことを示しているように見えるのです。確かに言語習得の一つの側面をとらえた理論としては理解できるのですが、しかし実際に外国語習得においてはこのようなことはあり得ません。ふつうは聞いたり読んだりして入力される習得対象言語であったり、練習量であったり、そういった言語習得を促す要因があって習得が進むはずです。そしてこれをもう一本の軸として、言語習得を3次元でとらえることが、理論と実践を結びつける生きた知識、つまり実践理論となるのではないかと思うのです。

3 次元の外国語学習モデル

3次元の外国語学習モデルを図に示してみました。総体的な言語能力を習得するには時間が必要となることは言うまでもありません。その他の要因、つまり図で「?」で示した軸には何が入るでしょうか。

学習一般では、たとえば時間をかけて、達成感を覚えて、努力していくとだんだん伸びる、と言えるかもしれません。あるいはCLIL(内容言語総合学習)、内容とコミュニケーション・スキルと言語を教える。CLILであれば、まず言語があって、話題の知識があって、認知能力が伸びていく。そして、健全な言語能力がついてくる、ということが想定されるかもしれません。色々な場面でこういうことを考えると、テストのありかたも別に見えてくると思います。ただ単にスピーキング・テストと言っても、まず今回は、ゆっくりでもいいから、何か話せる、それぐらいでいい。次は同じことについて、流暢にできるようにしてみましょう、そういったバランスをとって進めることが必要になると思います。全体の総合的な英語力をもちろん、最終的なテストのスコアとして残すのが必要かもしれません。しかし、われわれ教員には、生徒のいろいろな側面が見える。今度は語いが足りないなと、そういうところをきめ細かく継続的に記録するのが必要です。継続して記録すると、安定した測定値が得られるということになります。

以上、テスト・評価があることで生徒の動機が高まるわけではないし、習得が進むわけでもない。まして入試制度を変えるだけで教育が改善されることはない、ということをお話してきました。一つの考え方として一つでも参考にしていただけることがあれば大変うれしく思います。テストの受験を念頭に置いた外国語の習得には、時間を無駄にしないためにも、あるいは実質の能力をつけるためにも、二つを独立させて別個に捉えるのではなく、一体化させることは努力目標としてあるべきだと思います。

最後に、蛇足となるかもしれませんが、テストの国際ランキングについて一言お話しさせてください。TOEFLの結果等で日本人の得点、特にスピーキングやライティングはいつも下のほうです。一方、IELTSでは日本人の得点はそれほど悪くないようです。いずれにせよ、学校教育を受けている国民全員がテストを受けているわけではありませんので、これらの得点を元に日本の英語教育の質を判断するようなことをしてはいけません。せいぜい、一つの指標として参考にする程度に留めるべきでしょう。試験に支配されるようなメンタリティーからは脱却する必要があるでしょう。私たちが主体として、テストや評価を積極的に生かすという態度で外国語教育に臨みたいものです。

 
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