学習者を育てるためにテストを使う―波及効果の研究が示唆する指導と評価の一体化 “An introduction to learning-oriented language assessment”

渡部 良典 上智大学言語科学研究科 教授

■Learning oriented language assessment

今日の講演の副題を、Introduction to learning-oriented language ssessment(言語習得を促すための言語テスト)としました。ここには、テストを受けている最中にも学習者は学んでいるということを知らないといけないという意味を込めました。私たち教員はこのことを忘れがちです。最近のテスト関係の専門誌には“assessment for learning”,“formative assessment”などの言葉が使われています。“Formative(形成的評価)”というのは“assessing ability during the process of being formed”という意味を示し継続評価することです。最終的な成果を評価するために形成的評価の結果を生かす方法を”summative use of formative assessment(形成的評価の統括的評価的用法)”ということがあります。最終成績を出すにしても最後に一回テストをやるのではなく、継続して記録をとりながら、途中経過も考慮する方法のひとつです。たとえばポートフォリオ・アプローチがありますが、これは生徒が今まで書いていたもの、話してきた録音の記録を積み重ねておき、最後に学習者に最終的に一つ選ばせて提出させる方法です。ダイナミック・アセスメント(dynamic assessment)、これは正にテストを受ける活動自体が学習者にとっては学習の契機になっているのだということを前提とした評価方法です。

学習を促すテストのありかたの大切さに気付く刺激になったことのひとつにこんなエピソードがあります。大学の教員になって間もなくのことでした。ある英語の授業で紙版の TOEFL iTP の多肢選択式文法問題―誤りの訂正問題―を教材に使っていた時のことです。授業を受けていた学生からこんなコメントがあったのです。「僕には答えがわからないので、この形式の問題は困ります」と。理由を尋ねたところ、「間違いがどこにあるのかわからないので、間違った英語も全部正しい英語として習得してしまうんです」とのこと。なるほどテストを受験している最中も学生にとっては学習の機会なのだという気づきでした。目が開かれる思いでした。

テストの波及効果の研究

学習を促すテスト(learning-oriented assessment)の考え方に至った指導実践をお話しましたが、ここからは研究との関連でお話ししたいと思います。テストの波及効果(washback effects)の研究成果についてです。テストがあれば、良い効果と悪い効果があります。評価があって、指導や学習があります。従って、評価の方法が変われば、あるいはその内容が変われば、指導や学習は変わるだろうと想定されます。このような見方を Cathie Burrows は波及効果の行動主義的な見方、つまり、刺激があれば反応があるという単元的な見方であると言っています。人間の行動はそれほど単純ではなく、これはテストの波及効果についても同様です。このテーマについて実証研究が始まってから20年ほどたちました。その嚆矢(こうし)となったのは Alderson & Wall(1993)で、テストのその効果について仮説を立てています。一つ目は「テストは指導に影響する」(”Tests will influence teaching”)という仮説。二つ目は「テストは学習に影響する」(”Tests will influence learning”)という仮説。これら一般的な仮説からさらに、テストが影響を与える対象を、指導内容、指導方法、指導の速度、学習内容、学習方法等々詳細にし、全部で15の仮説を立てました。入試の改革が現在進められていますが、このような仮説を検証する準備もないままに、入試を変えれば教育は変わるという期待がありますが、これはあまりにも楽観的に過ぎます。テストが悪いから、教育が悪いのだと。しかし、テストの質が良いのと、それを上手に使うのは全く別次元の問題であるというのがこの研究の大きな発見の一つです。

私は「テストは教師が何を、どのように教えるかに影響を及ぼす」という仮説を検証しました。A先生とB先生、二人の先生が、たとえば試験対策と、普通のコミュニカティブな授業を教えます。私が一週間授業観察し、許可を得て録音しデータを分析しました。検証したかったのは、テストの影響があれば、試験対策の授業はA先生もB先生も同じような教え方で同じ内容を教え、試験対策授業と通常の英語の授業が異なる、という仮説です。予備校の先生にもお願いしました。試験内容が大きく違う二つのC大学の入試とD大学の入試それぞれをE先生とF先生が教えていらっしゃるコースを観察記録させていただきました。C大学向け対策コースでも、D大学向け対策コースでもそれぞれのコースではE先生もF先生も同じように指導されるだろう、C大学向け対策コースとD大学向け対策コースの指導はお二人の先生とも大きく違うだろう、これが仮説です。質問回数、日本語の使用量、英語の使用量、先生の話す時間の長さ、生徒が話す時間の長さ、やりとりのパターン、先生が前にいる時間など、全部細かく記録して確認しました。

分析の結果は仮説とは大きく異なっていました。受験対策を目的とした授業でも通常の文部科学省の教科書を使った授業でも、教員間の違いの方が授業の目的よりも大きいというのが際立った特徴でした。予備校でも同様です。試験対策コースについてもそうです。センター入試のリスニング問題を教えるクラスを観察したとき、ある先生はテープを流し、解いて答え合わせをするということに主に時間を使っていらっしゃいました。別の先生は生徒向けに練習問題に作り直して、生徒たちとやりとりしながら授業をしていました。ある帰国生の多いコースでは、入試問題の文法問題を使っていらっしゃるところがありました。帰国子女の文法意識を高めるのに役に立つということでした。目標としているテストの違いよりも教員間の違いの方が大きいということです。その後偶然に、私が研究を発表したのと同じ年にアメリカで、「落ちこぼれゼロ政策(No child left behind)」の結果を目にして、全く同じ結果が報告されていました。この政策は州ごとにテストの評価基準を作って、水準に届かないと予算を減らすという、試験で教育を変えようとする試みの一環とみなすこともできます。先生同士の違いが学校同士よりも大きい、つまりテストでトップダウン式に教え方を変えさせようとしましたが、うまくいかなかったという報告でした。すなわち、試験方法や試験制度を変えても期待通りに教育は変わらないということを示しており、図らずも私の調査結果と同様の結果と解釈することができます。

その後、外国語教育の分野でも多くの調査が行われ、専門誌に報告されていますが、結果はやはり同じ方向を示しています。初期の研究ではテストは指導内容に影響を与えるが指導方法には影響しないという大変面白い報告もあります。たとえば、入試にリスニング・テストを導入すると確かに準備教育ではリスニングを指導する機会は増えるが、その指導方法は各指導者次第であるということになります。つまり、授業中に少し時間を割いて音声を流し生徒に問題を解かせ答え合わせをするという方法もあるでしょう。あるいは自分の生徒に合ったレベルに問題を作り替え、リスニングの実践力を鍛える指導をすることもあり得ます。あるいは単にリスニングは重要だと伝え後は生徒個人に任せるという「指導方法」もあるでしょう。なぜ指導方法にテストが影響しないのでしょう。おそらく、指導方法というのは各教員のビリーフが深くかかわっているからではないかと思います。ビリーフはテストが変わったくらいでは変わらないのではないでしょうか。教員のほとんどは成功体験の持ち主ですから、その成功体験を捨てるのはなかなかできにくいのでしょう。その通りに教えたい、ビリーフ、しかも成果体験が関わっていますと、なかなか変えにくいですね。スピーキング・テストが入ったからと言って、スピーキングが突然あちこちで起こるわけではないでしょう。やはり先生の自覚、教え方、指導力などさまざまな要素が関係して、さまざまな条件のもとで波及効果は起こり得るということは十分予測できることだと思われます。

学習者へのテストの波及効果の研究は指導への波及効果の研究に比べると数は少ないのですが、結果はやはり同じ方向を示しています。例えば、テストがあれば生徒は勉強する、というのはとてもナイーブな期待ではありますが、多くの先生方はそう期待することが多いのではないかと思います。しかし、聞き取り調査をやったところ、すでにやる気のある生徒はテストでますますやる気が出るものの、やる気のない生徒はますますやる気をなくす傾向があるようなのです。さらに、やる気のある生徒にとってもテストが十分にやりがいのあるテストであることが条件となります。まだ仮説ではありますが、自分の能力よりもややレベルが上で、内容が本当に言語を使うことを求めるようなテストであることも条件となるようです。以前、ランカスター大学でギリシャから来た学生が波及効果の研究をしていました。ギリシャで創造力をテストするために、入学試験にクリエイティブ・ライティングを導入したそうです。ところがその結果どうなったかと言うと、受験生がみなパターン化された例を暗記するようになり、創造力を測定したいという意図とは全く別の結果となったのだそうです。十分にありそうなことですね。

授業観察の研究の際、先生方にインタビューをしてお話を伺いました。試験になると説明も多くなるということを自覚しているという先生もいました。私たち教員は説明すれば理解されるはずだと考えます。本当は実際に生徒がタスクをやってみて納得して学習が進むものだと思いますが、試験になると特に生徒に理解をしてもらうことがともて重要だと考えるのは当然です。そこで、説明をすればすべての生徒は理解するというビリーフから、説明が多くなるということだろうということです。確かに、テストに対する否定的なビリーフは良い波及効果を阻害する要因の一つとなり得ます。これも面談での発見ですが、テストのための指導に罪悪感を持つ先生が多くいらっしゃいました。このようなビリーフを変えて、英語の試験の準備指導は使える英語力を鍛えるための一環だという積極的な態度で臨まない限り、どんなに試験の質が高くなってもやはり好ましい波及効果は起こり得ないでしょう。そして、そのためには試験の原理をよく知って、単に得点を上げるためだけではなく、受験準備を通して英語力を高めるための指導方法を真摯に考案する必要があるでしょう。結局のところ、通常の授業や学習方法と試験対策のための授業や学習方法が同じであればあるほど、テストの良い効果が得られるということになるでしょう。

 
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