動画言語:日本語、英語(日本語、および英語クローズドキャプション付き)
※字幕をオンにしてご視聴ください。
先の見えないコロナ禍において、孤立を余儀なくされている高齢者や介護施設で暮らす方たちのケアが各国で大きな課題となっています。英国の文化芸術団体は、この問題に対して先駆的な取り組みを行っていましたが、厳しい制限によりこれまでの活動が困難な状況になりました。
2021年3月18日(木)に開催したオンライン・フォーラム「コロナ禍における高齢者の孤立とアートの可能性」では、日本と交流の深い英国の文化芸術文化団体関係者の4人をスピーカーに迎え、ロックダウン中の活動事例を共有するとともに、高齢者の孤立問題への解決の糸口を探りました。
ベアリング財団:英国のクリエイティブ・エイジング
ベアリング財団のディレクター、デービッド・カトラー氏は、ロックダウン後の英国のクリエイティブ・エイジング(高齢者のクリエイティブ活動)について、「最も大きな変化は、デジタル化が進んだこと」と述べます。事実、ロックダウンからの数週間で、すべての活動をデジタルに移行できたことは驚くべき成果でした。しかし、ここで「デジタル・ディバイド(ITが生む情報格差)」の問題が立ち塞がります。介護施設では環境整備が間に合わず、多くの高齢者はデジタルに不慣れな状況でした。そこで、高齢者の持つデバイスを調査し、Facebook、WhatsApp、YouTubeなどあらゆるプラットフォームを駆使して、セッションやワークショップを行いました。そのようにして、高齢者にデバイスに慣れてもらう試みを始めたと言います。
デジタルを駆使した活動の実例として、シティ・アーツが開発したバーチャルツアーのアプリ「アームチェアー・ギャラリー」を紹介。このほか、非デジタルの活動として、ウェールズのアーティス・コミュニティが展開した、郵便でハガキを届けるプロジェクトを取り上げました。ロックダウン中、介護施設が厳しい感染症予防策を講じるなかで、高齢者は大きなストレスを抱えていました。カトラー氏は文化芸術団体の事例を紹介しつつ、次のように続けます。
「驚くべき事実は、このような危機的状況にも関わらず、非常に多くの文化芸術団体が、孤立した高齢者に手を差し伸べていたということです」
こうした活動を迅速に行うことができたのは、これまでにコミュニティアートのセクターが積み重ねてきた、つながりが存在したからだとも述べます。最後にカトラー氏は、「間違いなくクリエイティブ・エイジング活動は、弱い立場の人々にとっての生命線であった」と語り、このことは深く社会に認識されるべきであると結びました。
スコティッシュ・バレエ:オンラインプログラムの充実
スコティッシュ・バレエのディレクター・エンゲージメントを務めるキャサリン・キャサディ氏は、コロナ禍での活動について紹介。スコティッシュ・バレエでは、パンデミックからわずか2週間のうちにFacebook Liveによるクラスを開始しました。主に認知症の方や介護施設に暮らす方が対象のクラスです。早期にライブを始めたのは、身体的な能力の低下はもちろん、コミュニティの方たちの孤立を心配したからと、理由を語ります。このFacebook Liveは世界的な人気となり、65万5千ビューを獲得しました。
ほかにも好評だったプログラムとして、医療従事者に向けた「ヘルス・アット・ハンド」、トラウマと戦う人たちに向けた「リストア」、コミュニティの大人に向けた夕方のクラスなどを紹介しました。
「参加者のなかには、ロンドンにいるお孫さんとスコティッシュ・バレエのセッションでいっしょに踊っているという方もいらっしゃいました」
キャサディ氏は、会えなくなった人や離れてしまった人たちが「つながる」こと、そしてその「つながりを続ける」ことの重要性を感じたといいます。
さらに、同団体は、ダンス以外にも参加者がもっと気軽につながる取り組みを開始しています。オンラインでお茶を飲みながらチャットを楽しむ場として開設した「ソーシャル・カフェ」は、そのひとつです。ほかにも、料理のレシピを盛り込んだニュースレターの配信、バレエダンサーによる電話サポートなど、つながりを維持できる活動を提供しています。
また、詩を題材にしたマルチアートプログラム「Haud Close」(ホード・クロース)は、世界中から参加があり、介護施設に暮らす高齢者やそのスタッフ、そしてパートナーシップを築いてきた方たちが集まる大きなプロジェクトとして成功をおさめました。「Haud Close」(ホード・クロース)の映像の一部は、本フォーラムの動画内でも紹介されています。
キャサディ氏は、パンデミック収束後に実現したいプログラムをいくつも用意していると言い、今後もエキサイティングな取り組みの実現を願っているとして結びました。
マンチェスター・カメラータ:高齢者と介護者のためのパンデミック・プロジェクト
マンチェスター・カメラータのコミュニティ部門のヘッドを務めるリジー・ホスキン氏は、2012年から継続して行っている、音楽療法ベースのプログラム「ミュージック・イン・マインド」について語りました。このプログラムは認知症の方と介護者に向けたもので、グループでの即興演奏を通して自己表現してもらうものだと言います。
ロックダウンで、介護施設への訪問が困難になったことから、マンチェスター・カメラータでは、「ミュージック・イン・マインド:リモート」を立ち上げました。プロの介護職を対象としたオンラインの研修プログラムで、「ミュージック・イン・マインド」の手法、歌やウェブ上のリソースを活用したケア方法などが学べます。
「この研修を受けた介護士を通して、『ミュージック・イン・マインド』を多くの方に広めてもらうことができました」と語るホスキン氏。「入居者同士の交流が増えた」、「音楽に対する自信が湧いて自己表現を楽しめるようになった」といった反響が届き、全国紙にも掲載されました。
次にホスキン氏が紹介したのが、音楽プログラム「Unlocked Voices」(アンロックト・ボイス)です。5年に渡って、ウィザンシーという小さな町で展開していた活動で、パンデミック後も町の高齢者や介護施設とオンラインでつながりを続けてきました。
「Zoomで個々に歌を録音し、ストーラーホールで楽曲演奏を収録したのち、Facebook上で初演を行いました」
この様子はDVDにも収録され、8つの介護施設に届けられました。演奏の一部については、本フォーラムの動画内でもご覧いただけます。
ウィザンシーの歌は、地元ラジオでもオンエアされ、Facebookは2万6千ビューを記録したと、ホスキン氏。最後に、「ある歌の歌詞はブレイクスルーについてだった。実際、歌が寂しさを、打ち破ってくれた」という参加者の言葉を引用し、音楽プロジェクトの可能性を示唆しました。
エンテレキー・アーツ:コロナ禍でのリモート・プログラム
エンテレキー・アーツ所属のマディ・ミルズ氏は、コロナ禍での活動について、地域の人々に電話をかけて、支援の必要な人たちを特定するところから始めたと語っています。拠点が貧困層が多く暮らす地域であり、電話以外のアクセス方法がなかったためでした。
エンテレキー・アーツの活動の原則は「地域のためではなく、地域とともに行うこと」です。コミュニティが企画・制作に携わり、意思決定を行う。ミルズ氏は、エンテレキー・アーツは、人々が自信を築くまでの、手助けを行なっているのだと話します。例えば、地域の芸術センターと共同で行なったラジオ番組「Meet Me on the Radio」では、すべてのコンテンツをコミュニティのメンバーが制作しています。
「クリエイティブ・クラスター・グループ」は、週に一度の電話によるアートプログラムです。パンデミックのなか、参加者が大幅に増えたため拡張しながら、532回開催しました。ほかにも絵の具と小さな植物を届ける「ケア・パッケージ」、高齢者の劇団「エルダー・シアター・グループ」、手紙やカードを送ってつながりを作る「ビーフレンディング」、電話を通して歌唱する「クリエイティブ・コールズ」など、エンテレキー・アーツの行った多くの活動事例が共有されました。
最後に、ミルズ氏は、「活動によって、人々につながりができ、喜びがもたらされていると感じています。楽しみができたという方も。現実逃避して、その日をリラックスして過ごすことにもつながっていると思います」と結びました。
レポート後の質疑応答では、「パンデミック期間のオンライン活動ということで、とくに注意したことなどありますか」という質問について、意見が交わされました。これに対し、キャサディ氏は、「安全が大事であること」、「高齢者が使いやすいプラットフォームを探すこと」を挙げました。ホスキン氏からは、オンライン合唱の場合としたうえで、「リハーサルをして技術的なサポートを済ませておくこと」や「事前にアドバイスすること」といった回答がありました。ミルズ氏は、電話の活動でアクセスしやすい環境であったとしながら、「トラブルが起きたときに対処するメンバーを決めておくこと」と答えています。
モデレーターであるブリティッシュ・カウンシルの湯浅が、「今回をきっかけに、こうしたフォーラムを続けていきたい」と今後の意向を述べ、本フォーラムを結びました。
スピーカー・プロフィール
デービッド・カトラー(ベアリング財団 ディレクター)
英国で著名な助成団体の一つであるベアリング財団のディレクター。同財団は、人権の枠組みの中で差別や不利益に挑戦する活動を行っている。ベアリング財団に務める前は、オックスフォード大学とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで学び、地方自治体や国のボランティア組織において、社会正義に関する問題に取り組んだ。アムネスティ・インターナショナルUKをはじめ、さまざまな団体で理事を務めている。デービッドは、ベアリング財団の芸術プログラムをリードし、ここ10年間は孤立した高齢者や認知症の人々、介護施設で生活する人々などの弱い立場に置かれた高齢者との創造的な活動に取り組んできた。アート活動への直接的な助成のほか、さまざまな関連レポートも発行している。日本や世界各国におけるクリエイティブ・エイジングのプロジェクトについてまとめたレポートも執筆した。
キャサリン・キャサディ(スコティッシュ・バレエ ディレクター・オブ・エンゲージメント)
20年以上にわたり、健康、教育、改革など幅広いコミュニティの場でダンスを活用してきた経験を持つ。スコティッシュ・バレエのディレクタ・オブ・エンゲージメントを10年間務め、カンパニーがダンスを活用しながら健康福祉(ヘルス)の領域で専門性を示すことをリードしてきた。現在スコティッシュ・バレエでは神経疾患を持つ人々を対象に、パーキンソン病の人々のためのDance for Parkinson's Scotland、認知症の人々のためのTime to Dance、多発性硬化症の人々のためのElevateという3つのダンス・ヘルス・プロジェクトを展開している。そのほか、若者のウェルビーイング向上を目的に、アイデンティティや多様性、LGBTQなどのテーマを探求するダンス・プロジェクトなども展開している。1998年にバーミンガム大学を卒業し、振付師、ダンスアーティスト、プロデューサーとして国内外で活躍。アーツ・カウンシル・イングランド、クリエイティブ・スコットランドなどでも専門アドバイザーを務めている。
リジー・ホスキン(マンチェスター・カメラータ カメラータ・イン・ザ・コミュニティ ディレクター)
15年以上にわたりBBCでラジオプロデューサーを務めた経験を持ち、2020年1月にマンチェスター・カメラータ管弦楽団のコミュニティ向けプログラムの責任者としての任務をスタート。2020年3月のパンデミック以降、学校や高齢者に向けたデジタルプロジェクトや、介護者向けのオンラインコンテンツの開発などに取り組んでいる。マンチェスター・カメラータはチャリティ団体のため、活動を継続するための資金調達も担当。英国全土で展開している「Music for Dementia」のラジオ番組の制作にもボランティアとして参加している。
マディ・ミルズ(エンテレキー・アーツ ディレクター)
エンテレキー・アーツは、ロンドン南東の地域社会に深く根付いた参加型アートプロジェクトを展開する団体。過去30年間、幅広い年齢の様々な人々との活動を通して、人生に変化を起こすような独自の手法を培ってきた。「聴くこと」や「共感すること」に重きを置き、そこから芸術的な表現を導き出すエンテレキーの手法は、地域社会で孤立しかねない人々をつなぎ、創造的なエネルギーを解き放つものとして、英国内で高く評価されている。マディは、2020年10月、エンテレキー・アーツのディレクターに就任。サウスバンクセンターで5年以上にわたりプロデューサーを務めてきた経験を持つ。