神宮の中の風景
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Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

“見えないものを感じる”伊勢神宮の神秘に触れたアーティストたち

英国を拠点に活動するアーティストが伊勢市に約2週間滞在し、伊勢神宮をはじめとする地域の文化と触れる、伊勢市アーティスト・イン・レジデンスが三重県伊勢市にて行われました。600名を超える応募の中から選ばれた6組7名のアーティストは、伊勢神宮をはじめさまざまな場所を訪れ、また現地の表現者との交流を通して、伊勢について深く学び、自分たちのテーマに結びつけていきました。アーティストたちの“お伊勢参り”をレポートします。

見えないものの気配を感じる

伊勢市の4分の1を占め、ニューヨーク・マンハッタンやパリ市の半分に匹敵する広さの伊勢神宮は、外宮と内宮という二つの正宮を有し、深い森が広がる日本の聖地です。滞在の前半は、伊勢神宮への訪問と、その自然崇拝の思想について学ぶことから始まりました。神道のお参りの作法を習い、伊勢神宮の成り立ちやしくみについて、また塩や米といった食文化についてのレクチャーなど、短い期間に多くのプログラムを体験しました。

八百万の神といわれるように、神道では古代から太陽や木、森や風や岩といった自然の中に神を見ています。日本人ならなんとなく感覚的にわかることですが、英国のアーティストたちにはこの“気配”というものがなかなか理解しづらいようでした。彼らは五感を使って、“感じて理解する”という体験そのものに対して、それぞれのアプローチから挑んでいきました。

科学とアートの交わる領域で活動し、マルチセンサリーや没入型アートのためのストーリーコンテンツの開発制作などを行うグレース・ボイルは、神宮に漂う香りに注目しました。神宮の建物には鎮静効果がある檜の木が使われています。ボイルは外宮と内宮でさまざまな香りのサンプルを収集し、神宮を訪れた際に起こる感覚の変化を探ろうとしました。

一方、音に注目したのはサウンドアーティストのダンカン・スピークマン。内宮での御神楽奉納の際に、初めて雅楽の演奏をライブで聞き、西洋音楽にはない音の領域と笙と篳篥の和音がもたらす感覚的作用に関心を持ちました。

建築に見るサスティナビリティの思想

伊勢神宮では、20年ごとに社殿と社殿を囲む四重の垣根、中に収める宝物までの一切を一からつくり替える『式年遷宮』を行います。社殿の隣には同じ広さの古殿地があり、次の遷宮までにそっくり同じ社殿が建てられ神様がお引っ越しされるという、世界でも類を見ないシステムです。その理由は、人の技術の伝承のためではないかと言われています。ものを永遠に残そうとするのではなく、再生を繰り返すことによって常に新しく生まれ変わる。それは西洋の石造りに見る永遠性とは大きく異なります。

建築を学んだ背景を持ち、公共の場での作品を多く手がけているマシュー・ロジアは、神宮の建築に流れる哲学に興味を持ちました。1000年以上前の建築にサスティナビリティの意識が現れていることに驚き、神宮の再生や自然界とバランスの取れたシステムが、現在の気候変動や環境問題といった、世界が共通して抱える課題に対しても、大きなヒントになるのではないかと考えました。

神宮の思想が生きる未来

伊勢神宮には年間1500もの祭儀があり、そのすべてが米作りに関するものです。稲穂は天照大御神からの授かりものと神話の中にもあるように、日本人と米は単なる食物以上の強い結びつきがあります。10月15日から行われた『神嘗祭』は、神宮の行事の中で最も重要なもので、その年に収穫した初穂を神様に捧げます。神嘗祭の夜の儀式はめったに見ることができない秘儀とされていますが、今回は特別にアーティストたちが参列することができました。篝火の灯る厳粛な祈りの空間を肌で体感し、言葉を超える感動があったようです。 

そして伊勢市民による初穂奉納のお祭りが、初穂曳。初穂を飾り米俵などを満載した大きな奉曳車を曳く『陸曳』に参加したアーティストたちは、木遣り唄が朗々と空に響くなか、「エンヤー」と掛け声をあげながら、今年の初穂を神宮へ奉納しました。初穂曳の始まりは、神宮式年遷宮の際に御用材を両宮域内へ曳き入れるお木曳行事の継承が目的だったそうです。神宮とともに生きる市民の精神を反映した、たくましく盛大なお祭りでした。

滞在の途中に遭遇した台風19号の猛威も含め、アーティストたちが伊勢で過ごした時間は、自然と人間の精神性に触れる濃密で深い滞在となりました。ただ伝統文化に触れるだけはなく、その思想が現代にどのように受け継がれ未来に活かすことができるのか、その点に彼らの関心はあります。

滞在の後半、伊勢を拠点に活動する表現者たちとのセッションでは、未来について知見に溢れた意見交換が行われました。

「圧倒的!」と皆が口を揃えた伊勢での体験を持ち帰ったアーティストたちは、今後も各自の方法論で探求を続け、将来の創作に役立てていく予定です。

(取材・テキスト:坂口千秋 編集:榎本市子)

神宮の森から水蒸気が上がっている様子
神宮の森から呼吸するように水蒸気が上がっている様を見て、森の神の気配を感じると神職の方が話していました。 ©

Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

神社の手水舎の周りに集まる人々
神職の方から正しい参拝の作法を教わります。 ©

Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

川のほとりで手水をする人々
内宮を流れる五十鈴川のほとりで昔の人と同じように手水をするところ。この上流の神宮の森には人がほとんど立ち入らないため、五十鈴川の水はとても清らか。この下流の川と海が合流するところで神宮に奉納する塩作りが行われています。 ©

 Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

風景写真を撮っている人
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Ise City, British Council

白装束に身を包み、綱を曳いている人々
揃いの白装束に身を包み、842名の参加者と一緒に外宮へと綱を曳きました。 ©

Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

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