2年目を迎えたロンドン交響楽団(LSO)とのプロジェクト。レイチェル・リーチが日本の音楽家や学校教員を対象にクリエイティブな音楽づくりをリードするためのトレーニングを実施したほか、LSOメンバーと日本の音楽家が協働し、障害のある子どもたちや高齢者とともに音楽をつくり上げ成果発表を行いました。その一部を以下レポートします。

2019年11月、ロンドン交響楽団(LSO)のアニマトゥールのレイチェル・リーチとLSOの楽団員2名(ロバート・ターナー/ヴィオラ、アマンダ・トゥルーラブ/チェロ)、LSO Discovery担当マネージャーのピア・ラックが来日し、日本の音楽家も加わって、東京都内で、子供から高齢者まで多様な参加者を対象に5つの音楽づくりワークショップを実施した。

内訳は、①高齢者向けワークショップ、②障害のある子ども向けワークショップ、③小学校5年生向けのワークショップ、④精神障害のある大人向けワークショップ、⑤小学校2~4年生向けワークショップ(学童クラブ)の5つである。小学校低学年から100歳の女性まで、また障害のある人・ない人を含む幅広い層を相手にワークショップを行ったわけだが、これはまさにLSO Discoveryという教育プログラムの多様性を反映するものだ。アニマトゥールのレイチェル・リーチは、英国のみならず世界のさまざまな国においてLSO Discoveryを広めてきたが、文化や言葉の壁を超えて、どの国でも基本的には子どもたちも大人たちも、反応には共通したものがあると述べており、興味深い。

筆者はこれらの活動のうち、①の高齢者施設ろうけん墨田秋光園の入所者たちと②の墨田区の障害児通所施設キッズサポートりまの子どもたちとによる合同のワークショップ成果発表会(11月13日)と、⑤の墨田区の興望館学童クラブの小学生たちとのワークショップ(11月15日)を見学した。それらについて以下、レポートしたい。

11月13日の成果発表会は、前日12日に高齢者施設ろうけん墨田秋光園で行われたワークショップの参加者と、13日昼に行われたキッズサポートりまの子どもたちのワークショップの成果を、合同で発表するというもの。成果発表会に先だってキッズサポートりまの子どもたちのワークショップが行われ、5人の障害のある子どもたちが集まった。最初にそれぞれのできる動きを考慮してレイチェルが子どもたちに楽器を配り(一人で弾くことができる子には木琴、そのほか介助が必要な子には太鼓、鈴を渡し、介助者が一緒に持って音を出す)、基本的に子ども1人につき、音楽家1人がサポートにつく。LSOのロバートとアマンダのほか、これまで日本でのLSO Discoveryプログラムで研鑽を積んできた磯多賀子(ヴィオラ)、磯野恵美(フルート)、桜井しおり(ピアノ)、山地章子(打楽器)が加わった(敬称略)。

まずはレイチェルが今日は、Monster〈いきもの〉のための音楽をつくってみましょうと話し、子ども一人一人が好きな音を7つ出すところから始める。7つの音が出せるようになったら、次にそれに対して、サポートする音楽家がやはり同じく7つの音で返事をして、音楽的な対話を成立させていく。そして全員がそれを続けて演奏することで、たちまち曲らしくなっていく(このセクションをレイチェルはtalking〈話す〉と呼ぶ)。続いて、〈いきもの〉が〈歩く〉〈泣く〉〈攻撃する〉〈踊る〉などの曲のパーツを子どもたちと一緒につくっていき、それをつなげることで活き活きとした多部構成の曲にしていく。

興味深いのは、レイチェル自身は分かりやすい指示で子どもたちを促すだけで、こう弾きなさいとか、何をしなさい、といった言い方はしないことだ。曲のアイディアを決めるときも、子どもたちに意見を聞き、それを音楽に反映していく。たとえば、〈いきもの〉がどんな感情を持っているかを子どもたちに聞いたら、一人の子が「泣いている」と言ったことから、泣く音楽をつくってみる、といった具合だ。この子どもたちの創造性とアイディアを引き出す手腕がとにかく絶妙で、Discoveryの核にある手法だと思う。車椅子を利用している子どもが、鈴を鳴らしている時に、本当に嬉しそうにしていたのが印象的だった。

セッションの締めくくりには、子どもたちが事前に描いた〈いきもの〉の絵のプロジェクションをバックに、音楽家たちが合奏でムソルグスキーの《展覧会の絵》の一曲を弾いて聴かせた。ここでいわば、子どもたちがつくった〈いきもの〉の音楽が、《展覧会の絵》という曲に由来することが種明かしされた形である。最初から「《展覧会の絵》に基づいて曲をつくりましょう」と言ってワークショップを行うのではなく、最後に種明かしするところが興味深い。アイディアを押し付けるのではなく、引き出すことの重要性を学んだワークショップだった。

続く発表会では、前日12日に高齢者施設ろうけん墨田秋光園で行われたワークショップに参加した高齢者が《展覧会の絵》の「古城」にインスピレーションを得てつくった素敵な歌と演奏を披露し、そのあとで子どもたちの演奏があった。全員が舞台に集い、お互いに聴かせ合うようなスタイルで行われたのもとてもよかった。前日のワークショップではもう少し参加者は多く、男性もいたそうだが、発表会に参加できたのは素敵な高齢女性7人(最高齢は100歳!)。レイチェルはこの曲を「愛の歌」と名付け(古城の中にいる恋人に歌う曲のイメージ?)、ムソルグスキーのメランコリックな「古城」のメロディーをヴィオラ2本と歌で奏でる一方で、参加者の奏するトーンチャイムや木琴、アマンダのチェロが和音を担当する。皆さんとても音楽的かつ積極的で、一体感のある演奏が繰り広げられた。子どもたちは主に音高のない楽器(untuned instruments)でリズムを中心の音楽をつくり、高齢者たちは音高のある楽器(tuned instruments)で旋律を中心とした音楽をつくるという、対象に合わせたワークショップの手法の違いも体験できた。

東京の高齢者施設で音楽づくりワークショップを行うロンドン交響楽団の音楽家たち
高齢者施設ろうけん墨田秋光園での音楽づくりワークショップの様子
ロンドン交響楽団と日本の音楽家による音楽づくりワークショップで木琴を演奏する参加者
音楽づくりワークショップに参加し、木琴を演奏するキッズサポートりまの子どもたち
ワークショップに参加する子どもに向け、それぞれの楽器を紹介する日本とロンドン交響楽団の音楽家たち
興望館学童クラブでのワークショップで楽器紹介を行う日英の音楽家

他方、11月15日に行われた墨田区の興望館学童クラブの小学生たちとのワークショップには、3〜4年生の子どもたち14名が参加した。この学童クラブは私立の施設で、近隣のさまざまな学校に通う子どもたちが放課後の時間を過ごしにくる場所だが、とても教育理念が高く、日頃から音楽や文化活動を取り入れているということで、子どもたちもとても楽しそうに反応していた。この日のサポートの音楽家はアマンダとロバートに加えて、新日本フィルのコントラバス奏者の村松裕子。彼女も10年前にレイチェルのトレーニングを受けた経験があり、新日本フィルでも教育活動に積極的に関わっているそうだ。

この日のグループは、英国の小学校Key Stage 2(7歳~11歳)にあたる年齢で、その年齢向けのプログラムが応用された。最初は全員が一つの円になって、一人一回ずつ手を叩き、隣の人に回していくゲームでウォームアップしたのち、レイチェルが、今日はMonster〈いきもの〉についての音楽をつくることを伝え、どんな〈いきもの〉にするかについてアイディアをみんなから出してもらう(大きさ、色、手足の数など)。

続いてレイチェルがサポート音楽家の楽器(ヴィオラ、チェロ、コントラバス)の紹介を行い、子どもたちに質問をしながら、楽器について考えてもらう。その後、あるリズム・モチーフ(〈いきもの〉が動いている音)をみんなで練習するが、これも《展覧会の絵》の中の「グノーム」という曲のメロディーに由来するリズムである。

このリズムを習得したのち、レイチェルとピアが子どもたちに楽器を渡していく。一見ランダムに渡しているように見えるが、実際にはどういう子にどういう楽器を与えるとアンサンブルがうまくいくかを見極めて楽器を渡しているのが興味深い。楽器はタンバリン、太鼓、ウッドブロック、カバッサ(マラカスのような楽器)、鈴、そして1オクターブの木琴など、打楽器が中心だ。

このあと子どもたちは2つのグループ(7人ずつ)に分かれ、各グループに音楽家が2人ずつ付き子どもたちの創造力を引き出しながら、さきほどのリズム・モチーフを折り込んで曲をつくっていく。たとえば誰が曲をどのように始めるか、何回リズム繰り返すか、どんな曲想か、どうやって盛り上げるか、そしてどのように曲を終えるか、などを子どもたちと相談しながら決めていく。同じ要素を使っているのにそれぞれのグループがまったく違う曲をつくり上げ、最後に曲をお互いに披露し、聴き合う。そして、締めくくりにレイチェルが作曲家ムソルグスキーと《展覧会の絵》について説明をし、3人の音楽家がその中の一曲を演奏した。

終了後に、サポート音楽家の村松氏にLSO Discoveryのワークショップの特徴について聞いたところ、「曲を分析して、ほんのひとつまみの要素を発展させるというレイチェルの手法がとてもおもしろく、オーケストラの曲を紹介する方法としてとてもすぐれていると思う」と語ってくれた。日頃の新日フィルの教育活動にもこのDiscovery式の手法を取り入れているという。またロバートに、日本の子どもたちとのワークショップの感想を聞いたところ、途中で集中力が落ちてきた子たちに役割を与えるのが少し大変だったけれど、全体的にはみんな積極的で、曲をどう組み立てるかについても、自分は促すだけで子どもたちが決めて、最終的には曲もとてもうまく仕上がったと話した。ロバートが言うように、ほぼ同年齢のグループの中にも、リーダーシップの取れる子、いつまでも騒いでふさげる子、飲み込みに時間が必要な子などいろんな子どもがいるわけだが、音楽家たちがそれぞれの子の能力に見合った役割を与え、その子なりの表現力を引き出し、誰もがアンサンブルに加われるように配慮している点が強く印象に残った。言ってみれば、これこそがオーケストラの縮図であり、LSOというオーケストラが教育プログラムを実施する意義はそこにあるのだと実感できた。

(取材・文=後藤菜穂子)

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