プロジェクトレポート

2014年3月26日より4月1日にかけて、ブリティッシュ・カウンシルの招聘によりロンドンからBBC交響楽団のメンバーが来日し、日本の音楽家やコンサートホールのスタッフなどを対象としたワークショップ型トレーニングやディスカッションなども含むフォーラム、さらには一般のファミリー層などをターゲットとした体験ワークショップなどを行った。

その内容はこれまでにないほど新鮮であり、音楽家たちも初めてと言える体験に驚きながら、ワークショップ・リーダーとしてのスキルを学ぶべく積極的に参加した。1週間のさまざまなコンテンツの中から、ファミリー向けの音楽ワークショップ『ファミリー・オーケストラ』(3月29日)と、プロの音楽家や芸術文化に携わる関係者が集まった『フューチャーセッション』(4月1日)の様子をお伝えしよう。

予備知識や楽譜は必要なし! の新しいワークショップ

「リズムを身体で感じよう、闘争本能をむき出しで、床が抜けるくらいの強いステップで!」 クラシック音楽のワークショップ体験をしに来たはずなのに、マイケル・アトキンソンさん(BBC交響楽団チェロ奏者)に鼓舞されながら呪文のような言葉を発して足を踏みならし、アマゾンの密林における部族闘争に興じている自分がいる。東京国際フォーラム(東京都千代田区)で行われた『ファミリー・オーケストラ』には文字通り多くのファミリーが集まり、オーケストラやホールのスタッフなど、このワークショップに興味をもった音楽業界の関係者たちも加わって活気あふれる場となった。

既存の音楽教育プログラムや鑑賞教室であるなら、まず最初に作曲家や取り上げる曲のことなどを理解してもらうため、配布される解説文やトークなどで情報を伝えるところから始まるだろう。しかし『ファミリー・オーケストラ』は、予備知識もなく楽譜も読めない人もふくめ、誰もが楽しめることを前提としている。この日はドビュッシー、ストラヴィンスキー、ガーシュウィン、そしてヴィラ=ロボスという4人の作曲家がテーマとなり、参加者たち持ち寄った楽器の種類別に4つのグループが作られていく。弦楽器はドビュッシーのチーム、管楽器と鍵盤楽器はガーシュウィンのチーム、打楽器はストラヴィンスキーのチーム、楽器を持たない参加者は声と身体を使うヴィラ=ロボスのチームといった具合だ。中には三味線や尺八、トイピアノなどを持参した人もおり、すでに参加者の意識もオープンになっていることがうかがえる。

自分の耳と目、想像力をフル活用して音楽を体験する

ワークショップ・リーダーであるリンカーン・アボッツさんが、フルートを手にして各作曲家をイメージしたモティーフ(短いメロディや音階など)をそれぞれのグループに与えるところからスタート。参加者たちはプロ音楽家とともにディスカッションをしながらその“種子”を育て、オリジナルの音楽を創造していくのだ。つまりこれは名曲の再現ではなく、アナリーゼ(音楽分析)でもなく、各作曲家の本質や心情へと迫るためのプログラムなのである。

筆者が加わったのはヴィラ=ロボスのチーム。ブラジルを代表する作曲家であり、クラシック音楽の世界ではマニア向けと言ってもいい音楽家である。しかし『ファミリー・オーケストラ』ではそうした既存の認識も関係ない。むしろ初心者でも想像や表現のしやすい素材として、モーツァルトやベートーヴェンなどよりも活用できるとのことだ。ジャングルにおける原始的な部族間の争いから、キリスト教が持ち込まれて秩序が生まれるというストーリーを、歌や踊りなどで3分ほどの“作品”に仕上げていく。仕事柄、ヴィラ=ロボスの存在や作品についてある程度の知識はあるのだが、なるほど彼の作品の根底に流れる精神は、短い時間のなかで表現できたと言えるだろう。同様に他の3人の作曲家についても、そのイメージやエッセンスが凝縮された演奏(作品)になっていた。

後日、マイケル・アトキンソンさんにお話を伺うと「楽譜に頼らず、自分の耳と目、そして想像力をフル活用するから素晴らしい結果に結びつくんです。楽譜を見るという行為がバリアになってしまい、不安にかられたり、大事なものを見失う可能性もありますからね」とのこと。バリアを取り払うことの大切さと難しさを実感するものの、先入観のないクラシック音楽初心者にはかえって有効かもしれない。

ワークショップ・リーダーとなるべきさまざまなノウハウ

この「バリア」という言葉を、この日と数日後に行われた『フューチャーセッション』で何度耳にしただろうか。会場を移してミューザ川崎(神奈川県川崎市)で行われたこの会は、主に音楽業界で仕事をする人々や学生たち、すでに教育プログラムなどに関わっている音楽家などが40名ほど集まり、『ファミリー・オーケストラ』をはじめとする英国のオーケストラで積極的に展開されているクリエイティブな教育プログラムの可能性などが話し合われた。

しかしここでも、まず最初はアボッツさんが「楽器は持たずに」と宣言して始まったリズムの遊びから。ミニマル・ミュージックをモティーフにした手拍子のエクササイズにより、2つのリズムパターンを同時に演奏してズレを楽しむなどしながら、身体と意識を解放していく。こうしたなかでアボッツさんは「リーダーになるべき人がまず自分で体験しないと、教えることはできません。それに『私が音楽的なリーダーですから合わせて』と参加者に示すこともできるんです」と、リーダーとなるべきノウハウを次々に披露していく。

その後、参加者たちは自分たちが置かれている現状や悩みなどを披露し合い、問題点を共有しながらディスカッションを進めていく。伺うと「既存の教育プログラムや音楽鑑賞教室は一方通行の見学型が多く、体験型は新鮮」「楽譜が読めないから、楽器は演奏できないからと尻込みするお子さんも多いので、有効な手段だと思う」といった声が聞かれた。

「『ファミリー・オーケストラ』はBBC交響楽団のコンテンツであり、それぞれがニーズや参加者に合わせて内容を変えてもいい。オーケストラでしたら音楽家の仲間を増やしてチームを作ることも重要です。現実問題としてスポンサーシップや助成金を得るための価値ある商品になるかもしれません。可能性は広く、しかもまだ皆さんはスタート地点なのです」というアボッツさんの言葉に、参加者たちは希望と自らの使命感を感じただろう。すでに各地で、参加者たちがリーダーとなった同様の試みが行われており、このプロジェクトが芽を出してきたことを実感させてくれる。

これからの多彩な展開を、大きな期待とともに見ていきたい。

オヤマダアツシ(音楽ライター)