フォーラムレポート

2015年9月下旬から10月初旬にかけ、ロンドン交響楽団(以下、LSO)が来日し、全国で公演を行った。1904年に創設されたこのオーケストラは名実共に英国を代表するオーケストラであり、20回を越える来日コンサート・ツアーや、数多くのレコード/CD録音で高い評価を受けている。また『スター・ウォーズ』シリーズをはじめとする映画音楽も重要なレパートリーであり、今回の来日公演でも日本が誇るゲーム『ファイナルファンタジー』の音楽をコンサートで披露するなど、幅広い演奏活動を行っているのだ。  

一方で、社会のあらゆる層の人々がオーケストラの世界に触れ、主体的に音楽と関わる機会を提供するというミッションを実現するため多様な活動も行っており、特に地域の活性化も含む教育プログラム「LSO Discovery」の充実ぶりは特筆に値するほど。その活動はすでに25年もの歴史があり、2003年にはプログラムを推進するため、ロンドン東部に「LSO St. Luke's(セント・ルークス)」という活動拠点を設けた。その活動は多岐に渡り、オーケストラに馴染みのない人々や学校に出向いてのコンサートや、参加者が作曲を楽しむことが出来るワークショップ、演奏家や指揮者を目指す若者を対象としたプログラムなどもある。さらには2012年に開催されたロンドン・オリンピックに向けての壮大なプロジェクト「LSO On Track」も実施され、ロンドン東部の子供たちが楽団員とともに開会式の舞台に立ち喜びを共有するという実績も上げている。こうした多彩な教育プログラムには、あらゆる人々が音楽の魅力を発見(=Discovery)して自己を高めるという目的も掲げられ、多くの楽団員が関わっているのは言うまでもない。 

この「LSO Discovery」を日本の音楽関係者/教育関係者に紹介するためのフォーラムが来日中の9月29日に、ブリティッシュ・カウンシルと東京都並びに東京文化会館・アーツカウンシル東京・東京芸術劇場の共催で開催され、2005年8月からLSOのマネージング・ディレクターを務めているキャスリン・マクドウェル氏が登壇。「LSO Discovery」を中心に、実に刺激的かつ充実した内容の活動が披露された。聴講者として集まったのは日本のオーケストラやコンサートホール・劇場のスタッフ、そして教育プログラムに関心をもつ音楽家たちやジャーナリストほか約90名。日本でもここ数年、音楽ワークショップなどで従来よりも一歩踏み込んだ教育プログラムを模索しているケースが目立つため、長年教育プログラムを推進しているLSOの活動内容は気になるだろう。

 フォーラムはLSOの活動全般や「LSO Discovery」の意義、さらには活動実績の紹介からスタート。「音楽を感じ、理解し、創造の過程を知ること」によって子供だけではなく大人であっても新しい視野が開けることを強調しながら、熱い口調で教育プログラムの重要性が説かれた。もちろんそれは豊かな音楽ファンを育てるということでもあり、オーケストラの経営を支えるファン層を作り出すということにもつながる。2014年度だけでも約950回のワークショップや約150回のコンサートが行われ、参加者は6万人にも達しているという。活動はロンドンだけではなく、演奏ツアー先のフランスや中国ほかでも展開されており、LSOが教育プログラムの分野においても世界的なリーダーとなっていることをうかがわせる。  

フォーラムには楽団員を代表し、入団当初から「LSO Discovery」へ積極的に取り組んでいるベリンダ・マクファーレン氏(第2ヴァイオリン・セクション)も登壇。音楽家としてプロジェクトに取り組むことへの姿勢や充実感について語ってくれた。運営サイドがいくら力を入れても実際に現場で子供たちなどに接するのは音楽家であり、多くの楽団員が取り組んでこそ実績を上げられるという。楽団員や若い世代の運営スタッフには、成功のために学校の先生や病院のスタッフなどと対話することを喜びとし、プロジェクトが音楽家のコミュニケーション能力を引き出すことにも役立っているようだ。 

日本のオーケストラ関係者から、教育プログラムのために楽団員へ支払う報酬や拘束時間、資金調達などについて質問が出る中、マクドウェル氏は「教育プログラムの重要性を楽団員に理解してもらう努力が必要であるし、活動のために報酬を支払うことも大切です。資金調達のためにビジネス・パートナーを説得する必要もありますし、熱意をもって取り組む人材がなによりも大事だということがわかります」と回答。マクファーレン氏からも「確かに音楽家の負担は大きくなりますが、教育プログラムにはコンサートと同等の価値があると考えている楽団員はたくさんいます」という明快な回答が寄せられた。  

「素晴らしい教育プログラムはLSOの力だけで実現することはできません。音楽家が一方的に演奏を提供しただけでは、その場限りで終わってしまうでしょう。学校では教師たち、病院では医師や介護をしているスタッフや患者の家族たちという具合に、みんながチームになって取り組むという意識が必要です」 こうした強い意志を感じるマクドウェル氏の言葉が日本の音楽シーンにも刺激を与え、2020年に行われる東京オリンピックに向けてのプロジェクトも含めた新しい動きが生まれることを期待したい。

(文:オヤマダアツシ)