マルチに活躍するロンドンのアーティスト
英国で活躍する障害のあるアーティストと作品を紹介するシリーズ、「#CultureConnectsUs UK Disabled Artist Showcase」。今回紹介するアーティスト、ディーケー・オコーはロンドンを拠点とするミュージシャン、音楽プロデューサー、シンガーソングライターです。作曲と映像制作を行う傍ら、ライター、劇作家としても活動しています。
大学卒業後はEMIと契約。モントルー・ジャズ・フェスティバルやグラストンベリー・フェスティバルなど、大規模な野外音楽祭にも参加してきました。キャリアを通じて多様な音楽ジャンルにチャレンジしてきたオコー氏。本記事では、2019年に彼が制作した音楽作品《2049》を中心に、そのコンセプトと背景にある哲学について話を伺いました。
楽曲《2049》のコンセプト
Drake Musicのコミッションにより制作された《2049》(2019年)は、シンセサイザーを用いたエレクトロ・ポップソングです。2049年から現在のロンドンにたどり着いたヒューマノイドをコンセプトに、アイデアを膨らませていきました。
宇宙的なエネルギーが全人類の脳波に変化を及ぼし、人々がこれまでとは違った考え方を持つようになる。その結果、よりいい社会になっていく——そんな夢のある2049年の世界がミュージックビデオの中で展開されています。
多くのサイエンスフィクションが文明の崩壊や監視社会などのディストピアを描くのとは対照的に、オコー氏の作品は未来に対する信頼と希望に満ちあふれています。
「これは社会に対する警告であると同時に、現在の困難を乗り越えていこうとする呼びかけの声でもあります」とオコー氏は語ります。
脳波と音の信号
「テクノロジーが思考や意識にどのような影響を与えるかについて考えていました。シンセサイザーの電子音を使った作品を作りたいと思ったのもそのためです」
テクノロジーの進化によって、今までになかった「音」が次々と生み出されるようになりました。そうした現状を踏まえ、オコー氏は「シンセサイザーと音響信号の関係」を「人体と脳波の関係」に例えます。
「たとえば、左側頭葉の脳損傷によって右脳が活性化し、予期せぬ創造的なアイデアが生まれる可能性だってあります。あるいは右脳のある領域に、誰も予想しなかったような方法でシグナルを送ることで、いつもとは違った風景や美しさを作り出せるかもしれません。このアイデアを音楽制作に生かそうと考えました」
脳細胞は複雑なニューロンのネットワークですが、そこに損傷が起こるとシグナルの働きが中断して無秩序の状態となり、一般には「障害」として捉えられます。オコー氏はこれを音楽の制作プロセスに重ね合わせ、音響信号の中断を独特の「癖」と解釈することで、新たな制作アプローチを提示します。
たとえば曲をミックスする際、AUXセンドを使用して音響信号をあえて中断させます。「こうした実験が、音楽的に独特の効果を生むのです」
音楽開発ソフト「Max /MSP」の可能性
2019年バービカンセンターで行われた展覧会『The Radical Sound of Many』では、「音楽制作と脳内活動」に関する考察をさらに深めました。展覧会のテーマは「音楽と観客」———来場者がシグナルを操作して音の生成変化のプロセスに参加できる、空間を利用したインタラクティブ作品です。
これを実現するためにオコー氏が利用したのは、Max /MSPとよばれるプロ向けの音楽開発ソフトでした。
「ドレイク・ミュージックの研究開発プログラムリーダーであるTim Yatesの協力を得て、観客が操作可能なボタンボックスを作成しました。観客が自らの手で音の信号に変化を加えることで、人間の能力や障害について考えてもらうきっかけになればと考えました」
音楽的影響と哲学
音楽を独自のアプローチで制作し続けるオコー氏ですが、これまでどのような音楽から影響を受けてきたのでしょうか。
「英国で生まれたあと、家族でナイジェリアに戻りました。そこで伝統的な西アフリカ音楽、それがジャズと融合したバンド形式のハイライフ、さらにファンクの流れを汲むアフロビートに親しみました。とにかく音楽が好きで9歳の時には曲を書いていましたね」
11歳で英国に戻ってからは、クラシック音楽やポップス、ヒップホップなど幅広いジャンルについても知見を深めていったオコー氏。大学では、哲学を学んだと言います。
「哲学を選んだのは、指導教員にすすめられたからです。ですが、現在の活動にはそこで学んだことが大きく影響しているように思います。例えば、意識とは何かをよく考えるのですが、これは作品のコンセプトにも反映されているかもしれません」
オコー氏は、音楽制作だけでなく生活のさまざまな場面でも、哲学の影響を感じていると続けます。「アリストテレスの “善く生きること(アレテー)”のように、結局考えるのはこの世界で他人とどう生きていくかということなのです。私は常にそのことに関心を持ってきたし、これからもそうあり続けると思います」
今後の活動と日本へのメッセージ
2011年にロンドンで起きた、格差社会に抗議するオキュパイ運動の前後にはミュージカル《Scandinavian Heart》をプロデュースし、コロナ禍のロックダウン中には、優しいクラシックギターの音色にのせた癒しの楽曲《Bossa Nights》(2020年)をYouTubeに公開するなど精力的に活動しています。
「創造性を発揮するためには、モチベーションと責任感が必要です」と語るオコー氏。現在は新作のミュージカルを制作中とのことで、次回作にも期待が高まります。
アーティストからのメッセージ———
私の映像に興味を持ってくれてありがとうございます。この曲に何かの繋がりを感じ楽しんでもらえることを願っています。近いうちに日本で演奏や、日本のアーティストとコラボレーションする機会があることを期待しています
#CultureConnectsUs UK Disabled Artist Showcase紹介アーティスト