'Missing' by Gecko, © Richard Haughton

Image: 'Missing' by Gecko, © Richard Haughton

ブリティッシュ・カウンシルは、世界のプロデューサーを対象に、英国の多様な舞台芸術作品を紹介する大規模なショーケース、 エジンバラ・ショーケースを隔年で開催しています。

世界約250名のプロモーターが参加した今年のエジンバラ・ショーケースの会場にて、英国を代表する演劇評論家のリン・ガードナー(ガーディアン紙)とドナルド・フテラ(タイムズ紙)が、最近の英国パフォーミングアーツシーンの変化について語りました。

 

これまで、英国の演劇はテキスト中心主義と思われていましたが、最近そのシーンに変化が見られます。現在の状況はどのようにして生まれたのでしょうか?

リン・ガードナー:英国のパフォーミングアーツ界では、この15年で、それまでの50年の間に起こった以上の変化が起きたと思います。一つには様式の変化です。多くの人は英国のパフォーミングアーツと言えばロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)のような戯曲中心の演劇作品を思い浮かべるかもしれません。長い間、英国の演劇は、視覚的要素に根本的な不信感を持っていました。劇作家が至上の位置にあり、戯曲の上演という形式が他の形式より上位にあるという考え方が存在しています。また、大量のテキストを伴わないあらゆる形式、あるいは例えばパペット、ダンス、体験型作品などの別種の形式の導入に不信感を持っていました。

しかし、その状況は変わりました。今の英国では、舞台上に人が座って、場面ごとにおしゃべりをひたすら交わす演劇というモデルは、古くさいものと見られていると思います。そういうタイプの演劇がもはや存在しないというわけではありません。ロンドンのウェスト・エンドでは、今でもそういうものを観ることができます。あるいは地方の劇場や、ナショナル・シアター、RSCなどでは観ることができます。英国のように、テクストに基づいた演劇の長い伝統がある場合、古典的なレパートリというものが存在しますし、それを上演したいというのは自然なことです。

しかしこの15年で、ある世代の、あるいは複数の世代の演劇人が、地下を徘徊する幽霊から逃れたかのように、さまざまな形式に取り組みはじめ、とてもエキサイティングな変化が見られます。

ドナルド・フテラ:1960年代初頭から半ば、マーサ・グラハムから大きな影響を受けたロビン・ハワードの活動によって、英国でコンテンポラリー・ダンスが大きく発展しました。それ以降、いろいろな段階を経ていますが、ごく簡潔に言ってしまえば、リチャード・アルストンとショーバン・デイヴィスがコンテンポラリー・ダンスの基礎を作ったといっても良いでしょう。。さらにスピードを上げて、そこから80年代までの間に活躍した多くのアーティストが活躍しましたが、特に80年代にはマイケル・クラークがスーパースターとして君臨しました。

英国のコンテンポラリーダンスの流れを見てみると、マーサ・グラハムのスクールの後、マシュー・ボーンやリー・アンダーソンが続き、その後にDV8に始まる全く違うタイプのフィジカル・シアターの流れが出現しました。そして次の10年に出現しスーパースターになったのが、アクラム・カーン、ウェイン・マクレガーといった人たちで、彼らはサドラーズ・ウェルズと関係があります。マシュー・ボーンはもちろん今でも人気がありますが、次の新しい世代としてホフェッシュ・シェクター、アーカシュ・オデドラジェームス・カズンズなどが出てきています。

今年のエジンバラ・ショーケースのプログラムでおすすめの演目は?

リン・ガードナー:面白い作品がたくさんありますが、私としてはその中でも、ルック・レフト・ルック・ライトの『You Once Said Yes』に注目しています。本当に素晴らしい作品です。インタラクティブな作品で、観客はエジンバラの街を歩くのですが、ある意味荷物のように人から人へと受け渡されるのです。英国では今、多くのカンパニーが巻き込み型、体験型のテクニックを使って、観客が単に受動的に作品を観賞するのではなく、出来事に実際に参加するような作品を作っていますが、この作品はそのとてもよい例だと思います。

正反対のタイプの作品だと思いますが、ケイト・テンペストの『Brand New Ancients』も注目です。これは大変濃密な、言葉を用いた作品です。繰り返しになりますが、英国には、言葉とストーリー・テリングの技術、とりわけ私たちを取り巻く世界をどう語るかということに高い関心があります。この作品はその傾向を代表するものです。しかし、この作品が何より素晴らしいのは、たき火の周りに座った人々— おそらく数千年前の— が物語を語っている、人間にはそういうことをする必要がある、というアイデアに基づいているというところです。同時に、これは完全に同時代的な作品で、私たちが自分の住んでいる世界をいかに経験し、共有し、語るかという問いに関わるものになっています。

ドナルド・フテラ:私は、スカンジナビア出身で今は英国を拠点としているデュオ、H2ダンスに大変関心を持っています。彼らは『Duet』という作品を上演するのですが、これは2人の関係性に関する作品で、10年以上に渡って共同作業をしている2人がカップルセラピーに通うに至った経緯を扱っています。他には、ガンディーニ・ジャグリングの『Smashed』を私はすでに4回観ているのですが、もう1回観ることができてよかったと思っています。この作品は家族向けと言いつつも、常に進化し、技術が高く、可笑しく、機知に富み、成熟しています。

もう1つ、もっと演劇的ですが、見事に振付・演出された作品があります。ゲッコーの『Missing』です。身体の用い方、舞台美術の両面で魅力的な流動性を持った作品で、自分の存在の完全性を取り戻そうとする女性に関するものです。出演者は5人だけなのですが、あらゆる年齢の観客を興奮させるようなエネルギーを持っています。

特にヨーロッパで、英国のダンスを発信しようとすると、英国という“この島”が少々孤立しているという印象を受けます。

ドナルド・フテラ:ダンスに関しては、英国人だけでなく、世界中の人々が英国を拠点に活動しています。ホフェッシュ・シェクターがいい例です。英国のパフォーミングアーツは、とても多様性に満ちているといえます。

リン・ガードナー:30年前には、確かに英国の演劇は内向的でした。世界最高の演劇であるという自負もしばしば見受けられました。これは明らかに、他の人たちがやっていることを見ていなかったからです。外からより多くの作品が入ってきたことによって、この状況は変わってきました。世界中の作品を観ることができるこのようなフェスティバルが大きく貢献しています。

ロンドンでは、毎週末、海外の作品を観ることができます。これは当然アーティストたちに良い影響を及ぼしています。さらに、アーティストが海外に行ったり海外で学んだりということが以前より多くなっています。エジンバラ・ショーケースに参加しているカンパニーのいくつかはエジンバラを拠点にしているかもしれませんが、それらのカンパニーの作品に関わっている人たちは世界中から来ていて、そのことが作品に良い影響を与えています。

英国演劇の問題のひとつは、それをこういうものだと決めつけようとする傾向、定義しようとする傾向です。実際、私にとっては、それが何と呼ばれようと、誰が観に行こうと、誰が批評しようとどうでもいいことです。それよりずっと興味深いのは、最高の作品は定義するのが難しいという事実です。本当に問うべきは、「演劇は何であり得るか」ということなのです。この15年で私の仕事をより面白くしてくれた要因のひとつは、さまざまなカンパニーが、レッテルに気をとられることなく、積極的にこの問いを問うようになってきたということなのです。

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