Lubaina Himid, Naming the Money 2004
Lubaina Himid, Naming the Money 2004; Installation view of Navigation Charts, Spike Island, Bristol 2017; Courtesy of the artist, Hollybush Gardens, and National Museum, Liverpool; Photo: Stuart Whipps

地方都市での開催、ノミネート作家の年齢制限廃止と、いつもと違う要素が目立つ今年の「ターナー賞」展。開催地は、イングランド北東部ヨークシャーの港町、キングストン・アポン・ハル(通称ハル)。2017年の「英国文化都市(UK City of Culture)」に選ばれ、盛大な行事が続いている街での公開だ。旧市街地と港が調和をなすハルは、フィリップ・ラーキンら詩人に慕われた街だが、奴隷制度廃止の功労者ウィリアム・ウィルバーフォースを生んだ街としても知られる。それを意識してのことか、会場のフェレンズ・アート・ギャラリーには人種、階級など社会的テーマの強い作品群が並び、来場者の心に訴える展示となっている。

今年のノミネート者は、ルバイナ・ヒミッド、ハーヴィン・アンダーソン、ロザリンド・ナシャシビ、アンドレア・ビュットナーの4名。前者2名は、年齢制限廃止の恩恵をうけた50歳以上。また前者3名は、国外にルーツを持つ移民系の英国人になり、4人目のビュットナーもEU出身と、奇しくも、人種・民族分類コードにおける 「白人系英国人」がひとりもいない年になる。英国ではEU離脱を前に移民をめぐる議論が白熱しているが、そんななか本展は、今の時代における英国人というものを考えてみる一つの機会になりそうだ。どんな作家勢だか具体的に見てみよう。

まず4名中もっとも注目を集めているのが、タンザニア出身で現在63歳、教育者、キュレーターでもあるルバイナ・ヒミッドだ。活動の再評価が急速に進んでいるヒミッドは、1980年代に台頭したブリティッシュ・ブラック・アーツ・ムーブメントの中心人物で、黒人作家の才能をたたえ、発表の場の乏しい状況を変えるべく、レイシズムやディアスポラをテーマに制作をしてきた作家になる。

会場にはその長いキャリアを反映して、当時の代表作から新作までがそろい、ちょっとした回顧展のようだ。その中心を占めるのが、黒人の召使いが登場するウィリアム・ホガースの風刺画「当世風結婚」を、1980年代の英米関係に置き換えた舞台セット風のインスタレーションで、制作後30年の貫禄とともに、強い存在感を放っている。また、絵皿などに奴隷や貴族の姿を風刺画風に描き、奴隷制度そのものに言及した作品もあり、政治的なトーンが非常に強いのが特徴だ。

それに対してハーヴィン・アンダーソンの絵画は、より微妙なスタンスをとる。アンダーソンもジャマイカ系の親をもつ移民二世になるが、社会的な批判よりも個人的、美術的な方面に関心が向けられている。例えば、複数の文化に属す自身を探るように、両国で見た木々を合わせて描いた風景画や、移民にとっての憩いの場である床屋を現実と空想が交わる空間として描いた作品にその姿勢がうかがえる。全般に共通するのが具象と抽象が混在する独特な描画法だが、≪黒人でも大丈夫?≫と題された作品が暗示するように、自身の人種とアイデンティティへの疑問が根底に流れており、それが作品に深みを与えている。

いっぽう残りの2名は、よりコンセプチュアルな手法をとる。それが特に顕著なのが、シンプルな形態の裏に、貧困、恥、労働などの概念が潜むアンドレア・ビュットナーの作品で、見た目と背後の意味とのギャップが甚だしい。例えば、レモン色の巨大な「壁」は、救急医療隊員の制服の素材を用いた一種の平面作品になっており、社会を陰で支える労働者を賛美したものになる。また、それが支える「抽象画」はスマートフォンのスクリーン上の指紋を版画化したもので、いわば現代社会を象徴。また、山形のラインの下から腕が伸びる版画は、エルンスト・バルラハの物乞いの彫刻に言及したもので、アートと経済の密な関係への批評のようだが、冗談のような描写にギョッとさせられる。

そして最後の作家が、今回唯一の映像を発表しているロザリンド・ナシャシビだ。父親の故郷であるパレスチナ自治区ガザなどで撮った16mm映像を公開しているが、報道メディアとは対極のアンチ・ジャーナリズム的な表現を貫いており興味深い。映像の最後にエジプトとの国境を成すラファフ検問所が登場し、一瞬緊張感が走るものの、それ以外は政治性を避けるように日常のシーンが続く。また、部分的にアニメーションが使われており、オペラも流れるなど、作家が現地で感じた違和感が異質な要素によって強調されている。

さて、4名の展示については以上だが、評価のほうはどんな感じだろうか。話題が集中しているのが、一般大衆のお気に入りと目されるヒミッドをめぐる議論だ。テリグラフ紙のマーク・ハドソンが、ターナー賞が重視するところの近作の質と数の乏しさを指摘し、「活動家、教師、美術家としての業績が評価されるのはよいことだが、受賞はこの賞の精神に反するだろう」と唱えれば、ガーディアン紙のエイドリアン・サーレも同様の視点から「初期の作品がなければ、彼女は今年のターナー賞候補に含まれてないのではないか」と手厳しい。

また、これに関連して、年齢制限がなくなったことに関するコメントも多く見受けられる。ヒミッドのように見過ごされてきたベテラン作家が大勢いるなか、多くの評者が新しい方向性を歓迎しているようだが、いっぽうでターナー賞の役目が、若手の才能の披露の場から創設当初の功労賞的なものへと逆戻りする可能性があると懸念する声もある。今年も議論の題材に事欠かないターナー賞。12月5日に受賞者1名が発表される。(文:伊東豊子)

「ターナー賞2017」展

会期:2017年9月26日~2018年1月7日
会場:Ferens Art Gallery, Queen Victoria Square, Hull, HU1 3RA
Webサイト:Turner Prize 2017 - Hull UK City of Culture 2017

Across the Tracks (2013) and Northern Range (2010) by Hurvin Anderson. Photograph: David Levene
Across the Tracks (2013) and Northern Range (2010) by Hurvin Anderson. Photograph: David Levene
Andrea Büttner Installation View. Photograph: David Levene
Andrea Büttner Installation View. Photograph: David Levene
Electric Gaza (2015) by Rosalind Nashashibi. Photograph: David Levene
Electric Gaza (2015) by Rosalind Nashashibi. Photograph: David Levene

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