We Sit Starving Amidst Our Gold Painted by Stuart Sam Hughes William Morris Gallery, 2014  Credit: Copyright the artist. Image courtesy of William Morris Gallery, London Borough of Waltham Forest

Image: We Sit Starving Amidst Our Gold, Painted by Stuart Sam Hughes, William Morris Gallery, 2014, Copyright the artist. Image courtesy of William Morris Gallery, London Borough of Waltham Forest

プライベート・ユートピア」展の参加作家、ジェレミー・デラーの個展が、ロンドンのウィリアム・モリス・ギャラリーで現在開催中。このあとにブリストル、マーゲートと巡るこの展示は、デラーが昨年代表を務めた第55回ヴェネチア・ビエンナーレ英国館の展示「イングリッシュ・マジック(English Magic)」の巡回展。英国館の展示が本国内を巡回するのは今回が初めてとあり注目を集めている。

ヴェネチアで380万人が来場した「English Magic」展は、大勢のクリエイターとの共同作業、大衆・土着文化への関心、社会批評性の高い主題などを柱とするデラーの特徴が凝縮した展示。マジックという言葉を広義にとらえ、世の中にあふれる不正からファンを熱狂させる音楽イベントまで現代社会にあるさまざまな不思議が、他者制作の絵画などを含むインスタレーションとなって展開する。その中心を占めるのがお金にまつわるエピソード。

その巡回展第一弾が、ウィリアム・モリスの博物館を会場とするこのロンドン展だ。規模は小ぶりだが、会場の特性に合わせて、ヴェネチアでも一部屋が宛がわれたこのアーツ・アンド・クラフツ運動の始祖に花を持たせるよう展示が再編成されている。そのハイライトを占めるのが、ポセイドンのごとく蘇った社会主義者モリスがロシアの振興財閥の象徴たるロマン・アブラモヴィッチのヨットを海に投げる場面が描かれた巨大な壁画。

スチュワート・サム・ヒューズの手によるこの壁画は、2011年の同ビエンナーレの際に会場脇に豪華ヨットを停泊し通行人の動きをブロックしたこの迷惑な大富豪に対するデラー流の成敗。この壁画の隣には、その財力の裏を暴くように、ソ連崩壊の混乱のなかで一夜にして財を成した寡頭資本家らにまつわるエピソードが、デラーの崇拝するモリスの詩集と対比するように紹介されている。また、その向かいの壁には、タックス・ヘイヴンで有名なジャージー島の街が脱税に怒った英国民により焼かれる壁画が添えられており、両陣営の対立の火に更なる油が注がれたような構図になっている。

残りの作品は、エド・ホールによるバナーは階段の壁に、ブレアなどを描いた刑務所の囚人たちによるドローイングは上階のホールにと、ヴィクトリア朝の室内装飾を残す館内に彩を添えるように展示されている。スティールパン・オーケストラのサウンドが耳に心地よい映像もここで上映。これぞデラーの美術家あるいはキュレーターとしてのマジックか、これだけ異質な作品がモリスの世界に違和感なく溶け込んでいるのが不思議なところ。

今回の巡回展は、1938年から英国館の展示を担当してきたブリティッシュ・カウンシルの提案のもと、芸術文化振興基金であるアート・ファンドの資金援助により実現した。英国館、巡回展ともにキュレーションを務めるエマ・ジフォード=ミードはその動機をこう語る。

「世界最古にして最大のヴェネチア・ビエンナーレはもっとも重要な国際展のひとつですが、英国から現地を訪れるには時間も費用もかかります。美術を職業とする人たちは別として、普通の人たちが気軽に行ける場所ではありません。つまり、大金を使って大掛かりな展示をしても、大部分の人たちが見られないことになります。それではもったいないと思いました」

ロンドン展終了後には、ブリストル・ミュージアム&アートギャラリーとマーゲートのターナー・コンテンポラリーに巡回する。前者は昨年11月に新しいギャラリーの改築が終わったばかり、後者は2011年春の開館から2年たらずで来場者100万人を達成した人気の美術館。

「基本は同じですが、それぞれの美術館の特性を盛り込んだローカル性のある展示になる予定です。例えば、ブリストルでは収蔵品の剥製を取り込んだり、ターナー・コンテンポラリーではヴェネチアの風景画を数多く残したターナーの油彩をテートから借りて一緒に見せることなどを検討しています。行く先々で違う発見のある巡回展にしたいと思います」(文:伊東豊子)

2014年2月

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