Image: (C) Mat Wright

産業構造や人々の価値観、社会の在り方などが転換期を迎えている現代において、英国では、文化芸術やクリエイティビティの重要性が高まり、その社会的・経済的なインパクトにも注目が集まっています。同時に、英国の芸術機関では、従来の芸術愛好家以外の新しい観客層と向き合い、どのように裾野を広げていくかということが、近年、組織の命題として掲げられるようになってきました。

そうした背景のひとつとして考えられるのは、産業としての英国の文化セクターが、1990年代後半からの10年間に2倍成長し、現在GDPの5%以上を占めるようになったことが挙げられるでしょう。このような良好なポジションを維持するため、将来を担う人材に投資することが求められてきています。一方、芸術機関は政府からの助成金に依存した従来の経営体質から脱却し、企業とのパートナーシップ等を通じて、より持続可能なビジネスモデルへの転換が求められています。

そこで、今から指導者となるべき人材を育てるために資金や時間などの経営資源を投入できるかどうかが、将来の芸術機関の持続可能性を左右するようになってきていると言えるのではないでしょうか。芸術分野、地域、国、人種などの多様なバックグランドを持つ人材を育成することで、経営格差の拡大を抑制し、文化セクター全体が持続可能な状態を維持することが求められているのです。このような状況を受けて、変革の時代に即した文化セクターのリーダーを育成し、セクター全体の更なる活性化を目指すべく、2004年頃から英国政府、そして民間レベルで「カルチャー・リーダーシップ」をテーマとした人材育成プログラムが数多く提供されてきました。

以下に代表的なプログラムを3つ紹介します。

  • アーツカウンシル:カルチュラル・リーダーシップ・プログラム
    2006年から2011年にかけて、アーツカウンシルは、文化セクターを横断したリーダーシップ養成プログラムとして「カルチュラル・リーダーシップ・プログラム」を展開しました。このプログラムはCurrent leaders(現在のリーダー)、Future and emerging leaders(将来の・新進のリーダー)、Boards and trustees as cultural leaders(文化的リーダーである理事・役員)という3つのキャリアタイプが設定され、音楽、舞台芸術、美術といった従来の文化芸術分野に加え、工芸、図書館、美術館、ギャラリー、アーカイブ、さらには広告やデザインといった創造産業まで、幅広い分野を対象としています。長期の業務研修、短期の集中講義、ネットワークづくり、プロジェクトの実践といったさまざまなプログラムが用意され、広範囲かつ多様な研修テーマ(例えば社会の多様性に対する理解、組織管理、国際交流など)、しかも参加者が必要とする優先順位に基づいた課題設定や研修成果を評価する仕組みが提示されています。本プログラムは2011年に終了してはいるものの、現在もウェブサイトで膨大な量のリソースがアップされています。プログラムの目的、参加者への事前情報、経験者へのインタビューやQ&A、プログラムの評価など、文字情報だけでなく映像配信も充実しています。

  • クロア・ダフィールド・ファウンデーション:クロア・リーダーシップ・プログラム
    政府主導だけでなく、民間主導のプログラムも重要な役割を果たしています。「クロア・リーダーシップ・プログラム」は、英国で最も著名な民間のフィランソロピー団体の一つであるクロア・ダフィールド・ファウンデーションが、アーツカウンシルに先駆けて2004年から文化セクターのリーダーシップ研修を開始しました。プログラムはFellowships(フェローシップ、奨学生)、Short Course(2週間の滞在型の短期コース)、Board Development(芸術機関の理事、経営責任者、ディレクター等の研修)を対象にしています。このうちShort Courseは前述のアーツカウンシルによる「カルチュラル・リーダーシップ・プログラム」と官民連携で実施していることも大きな特徴です。フェローシップ・プログラムでは、毎年約20名が選出され、各参加者のニーズをもとに、リーダーシップ研修や、アート機関での就業経験、メンタリングの機会など、個別にプログラムが組み立てられる。フェローシップの期間は通常7ヶ月間で、プログラムを通じて、英国文化セクターにおいて影響力のあるアート組織や公的機関の長と接する機会や、文化セクターにおける幅広い人脈を得ることが出来るため、その内容は高く評価されています。これまでに英国のみならず、カナダ、中国、エジプト、ハンガリー、香港、インドなどの諸外国からの参加者を含め、約200名がフェローシップを授与されました。フェローシップの金額は雇用状況に応じて、一人あたり7,500~15,000ポンド。フェローシップ終了後のキャリアは、元の職場で培ったネットワークやスキルを生かす場合や、他組織で指導者的なポジションを担ったり、また新たにNPOを立ち上げるなどさまざまですが、それぞれの立場において文化の必要性を訴求し文化セクター全体の底上げに寄与しているようです。年次集会など、フェロー同士の交流やコラボレーションも活発に行われています。

  • ブリティッシュ・カウンシル:カルチュラル・リーダーシップ・インターナショナル
    英国の公的な国際文化交流機関ブリティッシュ・カウンシルでも、国境を越えてリーダーシップの育成や国際的なネットワークの機会を創出する「カルチュラル・リーダーシップ・インターナショナル」を展開しています。このプログラムの最も大きな特徴は、英国のみならず、ベルギー、カナダ、シリア、サウジ・アラビアなどさまざまな国の次世代のリーダーが参加していることでしょう。2011年では、(a)イスタンブールでの4日間のリーダーシップ研修・ワークショップ、(b)プロフェッショナルな研修計画の実施に対して3,000ポンドの助成金の提供、以上2つのプログラムが用意されており、フランス、ドイツ、イタリアといったEU諸国と並んでアフガニスタン、エジプト、レバノン、パレスチナなどの中東諸国からの応募も可能となっています。

執筆:大澤寅雄(株式会社ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室 研究員)

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