Historypin column - UK map ©

We Are What We Do

Google Map上にマッピングされた写真を、誰でも一度は覗いたことがあるのではないだろうか。それらの多くは旅のアルバムの1ページのように美しく、時には誰かの思い出に溢れたセンチメンタルなものだが、2011年に英国でスタートしたHistorypinは、写真だけでなく、動画、文書、音声ファイルなどをGoogle Mapに投稿可能にし、年代検索機能を付加することで歴史を紡ぎ、社会が直面するさまざまな問題を解決しようとする新たなクラウド・ソーシング・アプリケーションだ。

Historypinを運営するNPO団体We Are What We Do(以下、WAWWD)の代表、ニック・スタンホープの経歴は実にユニークである。2002年に名門オックスフォード大学を卒業した後、国内外で教鞭をとり、その後、ロンドンに本部を置く人権保護団体Anti-Slavery Internationalに参加。2年間、ボランティア活動をしながら、7ヵ月をかけて南アフリカのケープタウンからロンドンまでを自転車で移動するチャリティランを成功させ、その経験を元に2005年には初の著書『Blood, Sweat and Charity』を発表した。

彼が2007年に参加したWAWWDは、これまで多種多様な社会活動を行っている。そのなかでももっとも成功した例は、人気デザイナーのアニヤ・ハインドマーチとコラボレーションし、レジ袋の消費軽減を目指したエコバッグ『I'm Not A Plastic Bag』だろう。今では当たり前となったエコバッグも、魅力的なデザインは珍しく、一般的ではなかった当時、『I'm Not A Plastic Bag』はコレクションで発表されると同時にセレブたちの間でたちまち人気となり、ファッション誌で大きく取り上げられた。さらに、世界限定8万個の販売というエクスクルーシブ感が人気に拍車をかけ、一部地域では発売日に警察が出動するほどの“争奪戦”にまで発展。社会現象として報道され、エコバッグの存在が広く世間に知られるきっかけとなった。

「日々の小さな積み重ねが世界を変える」― WAWWDは、食料廃棄問題、エネルギー問題、デジタル格差をはじめとするあらゆる社会問題・環境問題をクリエイティビティと人々の行動を用いて解決しようと試みる。今回、日本に初上陸したHistorypinもまた、単に特定の土地にマッピングされた古い写真が楽しめるアプリケーションではなく、幾つかの役割を担って誕生した。現在までの登録ユーザーは、約5万人。集まった素材は、約26万点。カメラが徐々に普及し始めた1840年代から現在までの写真や動画を検索でき、例えば「1890年代のロンドン」と検索すれば、公園で読書する少年のごく日常的な様子が表示され、「2012年のニューヨーク」と検索すれば、そこにハリケーン・サンディが残した生々しい傷跡が写し出される。なかには、ストリートビューにオーバーレイされて表示されるものもあり、当時と現在の様子を比較することもできる。それらは、それだけで十分に貴重な歴史の記録ではあるが、WAWWDは他のさまざまな可能性も見出している。

ひとつは、1枚の写真を通した世代間のコミュニケーション。あらゆる年齢層の人々に対話のきっかけを生むことで、異なる価値観の共有や新たな信頼関係の構築が期待できる。さらに、若者たちは、街や人が時間とともにどのような変貌を遂げたかをリサーチし、学習能力を身につけることもできるだろう。高齢者にとっては、過去の時間を思い起こす作業が認知症の予防やケアとなり、また、周囲の人たちの協力を得ながら自分の人生にまつわる素材を収集し、豊かなライフストーリーを作り上げていくことで、高齢者を社会から孤立した存在からより価値ある存在へと変えることができるかもしれない。そして、もっとも注目すべきものは、現在、スタンフォード大学、エジンバラ大学と実験的に行っている「メタデータ・クラウドソーシング」。これは、その素材がいつ、どこで撮影されたもので、そこに誰が写り、何をしているのか、という多くの謎を一般の人を巻き込んで解明していく作業だ。Historypinを通してこれまで以上の情報を得られるようになったことは、今後の学問・研究の在り方を大きく変える可能性すらも秘めている。

この他にもHistorypinには、さまざまな素材からひとつのストーリーを語る「Tours」や、トピックやテーマごとになった「Collections」などの機能も備えられている。ビートルズと馴染みの深い場所を写真や音声ファイルで巡るツアー、1906年に起きたサンフランシスコ地震の貴重な写真のコレクションなど、そこには私たちが知らない幾つもの過去が記録されている。あなたもクローゼットの奥に眠っている古い写真をスキャンして、それらを歴史に刻んでみてはいかがだろう。

執筆:磯崎智恵美

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