Culturebabiesなど、マンチェスター・ミュージアムが展開するプログラムのパンフレット

10年、そして20年後のために…

長山美緒(高知県立美術館)

高知県立美術館は、昨年度開館20周年を迎えた。そして現在、高知県ゆかりの写真家・石元泰博氏の作品を常設展示する新たな展示室の改修工事のため、休館中である。年末年始以外ほとんど休むことなく動き続けてきた設備等のメンテナンスを兼ねた休館ではあるが、それは当館で行われる教育普及プログラムもしかり。担当を変えながら、顧みる余裕もなく、ひたすら走り続けてきた教育普及プログラム全体を見直し、今後につなげるための作業を活動の一部を休止して行っている。また本年度から私自身の担当業務が教育普及プログラム全般に加え、広報・販促の統括も担うこととなり、来館経験のない人に足を運んでもらうこと、展覧会やホール・イベントをいかに県下隅々まで紹介してチケット販売に結びつけるかなどの課題に、悶々とした日々を過ごしていた。そのような中、ブリティッシュ・カウンシルより「日英ミュージアム・エデュケーター交流プログラム」へのお誘いをいただいた。参加メンバーは、教育普及を主に担当する8つの美術館の学芸員。今回の視察は、教育普及担当の学芸員と知り合うことが少なかった私にとって、英国で行われている教育普及の事例を見聞するとともに、百戦錬磨の各館の学芸員の皆さんを通じて日本で行われている「現在」の教育普及を知る意味深い機会となった。そして、抱え込んでじっとしていては何も始まらないことを実感することとなった。

早いもので英国から帰国してから約1ヵ月。私の「悶々」は相変わらず続いているが、少し前向きなものに変わりつつある。それは、小さなヒントを英国で見つけることができたからだ。特にManchester MuseumとWhitworth Art Galleryの「Learning & Engagement」部長を務めるエスメ・ワード氏は、ジャンルを超えたミュージアム、教育、医療、地域とのパートナーシップによるプログラムを行っており、中でも来館者の獲得につながるプログラムは興味深かった。例えば、3年前から行われている小さな子どもたちにヴィジュアル的な刺激をもたらすことを目的とした「Culturebabies」という美術館のプログラム。このプログラムは、産婦人科を中心とした医療や保健、学校など、初めて親となる人たちがコンタクトを取るさまざまな機関と協力し、小さな子どもとその家族を対象に2週間に1回のペースで行われる無料プログラムである。昨年は1,500人もの子どもが参加し、ベビーカーのスペース確保、オムツの無料提供、カフェでは子ども用のおやつを扱うなど、受入のために組織を変えて対応してきた。そして、このプログラムの最大のメリットは、小さな子どもとともに美術館を利用した家族は生涯を通じた利用者になるということ。これは過去4〜5年におけるManchester Museum、Whitworth Art Gallery、そして協力館のManchester Art Gallery の家族による利用者が年間25万人にも上ることでも実証されている。また来館を待つ受け身の姿勢ではなく、地域のフェスティバルやショッピングセンターへ行き、美術館が市民のための無料スペースであることをアピールし、積極的に家族の来館を促す取り組みも行われている。「いられ(土佐弁で「せっかち」の意味)」な人が多く、結果をせかされることの多い高知。目先のことではなく、戦略的に中期・長期的な視点から活動することが確実に来館者を増やすこと、そしてさまざまな組織とのパートナーシップにより、美術館の存在をアピールしたり、あまり縁のない層へのアクセスにもつながるということはとても新鮮だった。美術館でのパートナーシップといえば教育機関と思いがちだったが、意外なジャンルとのパートナーシップによって新たな展開が見出せることを知り、高知という地域ならではパートナーシップを探っていきたいと感じた。

さて、私にとって今回の視察の最大級の驚き(?)は、教育普及を表す言葉が「Education」ではなく「Learning」ということであった。4〜5年程前から使われているそうだが、一方的に「教える」のではなく、自発的に「学ぶ」というスタンスの変化の表れだという。社会教育機関としての美術館の在り方として、とても納得のできる言葉である。言葉の説得力や、言葉選びの巧さは視察先の随所で感じられた。市の政策として高齢者問題に取り組む「Age Friendly Manchester」、認知症患者とその家族や介護者をミュージアムに迎えるプログラム「Coffee, Cake, and Culture」…でも極めつけは、英国の文化政策の指針「GREAT ART AND CULTURE FOR EVERYONE」ではないだろうか。シンプルかつ明確な、揺るぎのないこの指針があればこそ、英国のアート関係者たちは共通の認識をもってプログラムを行うことができるのだと感じた。そして、それは視察先のプレゼンターの、自分たちの活動を魅力的なヴィジュアルを用い、自信をもって語る姿にも反映されていた。しっかりとした支柱をもつことは大切なことである。国レベルでなくても、小さな当館の教育普及プログラムでも。これまでの当館の活動は、持続性の少ない、バラバラとしたものになっていたことは否めない。今回の視察を通じて共通の認識をもつことの強さ、そして言葉にして表す大切さを学んだ。これまでの活動を10年、20年後につなげるため、英国で見つけたヒントをもとに検討していきたいと思う。

最後に、このような貴重な機会をご提供くださったブリティッシュ・カウンシルの湯浅様と須藤様、そして長時間お一人で通訳をしてくださった澤田様にお礼申し上げます。

本サイト内の関連ページ

関連サイト