アーツ・カウンシル・イングランドとのミーティングにて

Three ships on the horizon in my brain

八巻香澄(東京都庭園美術館 学芸員)

今回のスタディー・ツアーのなかで、私の心を鷲掴みにした言葉が3つある。「パートナーシップ」「オーナーシップ」「シチズンシップ」だ。この言葉をツアーの間中、いろんなところで何回も聞いた。他にもたくさんのキーワードがあったのだが、キラキラ輝く元気をくれる言葉として私のなかでノミネートされ、めでたく受賞したのがこの3つ。「~シップ」のつく言葉。

例えば「シチズンシップ」であれば「市民性」「市民意識」とか「共同社会性」と訳されるけれども、「~シップ」を自分にしっくりくるように訳すならば、「~であるということを自覚して引き受けること」かなと思う。いずれもその言葉の主体に、覚悟を促すことばだと感じる。パートナーとして進んでいくことを自覚して、お互いの未来を想うとか、この街にミュージアムがあり、それを支えているのは市民であるということを意識するとか。

筆者が勤務する東京都庭園美術館には、これまで教育普及プログラムと呼べるものがなかった。しかし開館30周年のリニューアルを契機に、展覧会の理解を深めるための関連イベントだけではなく、ミュージアムとして継続して行う学習プログラムを立ち上げることにした。プログラムの名称は「ようこそ あなたの美術館へ」。実はオーナーシップ、シチズンシップへの思いを濃厚に封じ込めた、コテコテ豚骨背油チャッチャ系の渾身のタイトルである。表向きは「ようこそ、よくいらっしゃいました」というウェルカムメッセージであり、この美術館を自分のお気に入りのホームミュージアムと思ってくれたらうれしいなという意味。しかして「あなたの」とおっかぶせている真の狙いは、ミュージアムを支えている公共・社会の成員である自分を意識し、なぜ社会にもしくはこの街にミュージアムが必要なのか、そしてミュージアムにどうあってほしいのかを考えて欲しい・・・というところにある。

もっとも、今回のブリティッシュ・カウンシルの研修に参加する前は、自分たちの使おうとしているプログラム名称の強さをあまり意識していなかった。ま、隠しコマンドみたいなもんだから、分かるひとだけ分かればいいやね、くらいに思っていた。でも今では、「ようこそ あなたの美術館へ」に込めた思いをもっとオープンに伝えていきたいし、いくべきだと感じている。だって、英国人みたいに熱くプレゼンしたいもん。

そう、今回出会った英国のラーニング関係者たちのプレゼンは、みんなとてもかっこよかった。インフォグラフィックやきちんとデザインされたビジュアル資料を使っているとか、洒落たネーミングセンス(「Culture Shots (*1)」や「Coffee, Cake and Culture (*2)」、「Pub Crawl (*3)」など)だけではなく、ものすごく明確にビジョンを語っていた。もちろん登場した人たちが、ブリティッシュ・カウンシルが厳選したスタープレイヤーたちだったということもあるのだろうが、そうした突出した人の個性から来るプレゼンの見事さという以上に、その人が考えているバックボーンとして組織のミッションがあり、それは国としての文化政策からキッチリ繋がっていることが、明確さを支えているとよく分かった。

日本に置き換えて考えてみると、ものすごく素敵なプログラムを実施している個人はたくさんいるけれども、その活動を組織の他の人はまったく理解していなかったり、そもそも組織に対してはあまり真意を説明しないまま「とりあえずゲリラ実施して実績を積み上げよう作戦」だったりということも多いような気がする。(自分のこと棚上げしますよ)組織のなかでさえもディスコミュニケーションという状況で、個人の仕事と館のミッション、そして国の文化政策までが繋がるはずがない・・・ですよね。

とにかく、彼らのビジョンはとても明確で、アーツやミュージアムをどうしたいとかではなく、アーツやミュージアムを通して社会や市民をどう変えていくかという視点で話していたのがとても印象的だった。特に今回は、病院とパートナーシップを組んで院内学級の子どもたちに対してのプログラム(*4)や、介護施設で働く人に向けて認知症患者の記憶と向き合い会話をするトレーニング(*5)、貧困層の多い地域におけるコミュニティプログラムなど、ミュージアムに来ない人たち・来たいと思っても来ることができない人たちに対するアウトリーチ活動についての話が多かったため、ビジターに向けてだけではなく、広く社会や市民に対する使命を持っているという意識が、言葉のはしばしに表れていた。アーツ・カウンシル・イングランドなんて、ミーティングの時に片手に持っているマグカップにさえも「GREAT ART FOR EVERYONE」。

これが、単に上意下達のミッションであったなら、働く人たち一人ひとりの意識に沿わないものになってしまうかもしれない。そうならないように、彼らはアドボカシー(政策提言)にも非常に力を入れていた。実践をしている人たち自身が、そこで得られた知見を言語化し、仕事の仕方や考え方を変えていくために(具体的にいうと、助成金がどういうところに支払われるのかを変えていくということになるのだが)、提言しているという。・・・シビれた。この人たち、今いる組織の仕事をしているんじゃない。ミュージアム全体、カルチャー全体をどうしていくかの仕事をしてるんだぜ。で、お金をひっぱってくる方法を考えているんだぜ。

というわけで、これを今すぐ真似するわけには到底いかないけれど、自分の仕事の仕方や、自分の仕事についての開示の仕方は変えていかなきゃなと、我が身を振り返って冒頭に戻る。英国の同業者たちが、自分たちのプレゼンスを高めながら、社会的責任を果たすために最重要視していた「パートナーシップ」、プログラムの参加者やボランティアスタッフが自分自身で考えて行動していくために手渡していくべき「オーナーシップ」、そしてミュージアムで働く人たちも、ミュージアムのビジターも、そしてミュージアムにはいまだ足を運んでいない人たちも含めて、社会がミュージアムを必要とし、支え、活用していくのだという「シチズンシップ」。これを頭のど真ん中において、アドボカシーとまでは言わないまでも、誰に対してもちゃんと言葉にしていくことを、現在地道に実践中である。

 

(*1) マンチェスター市で、保健セクターとミュージアム群が組んで行っている「Health + Culture」というイニシアティブの中のプログラム。病院に出向いて、待合室などで文化イベントを行う「文化を注射」の意。
(*2) 認知症患者とその家族や介護者をミュージアムに迎えるというプログラム。カルチャーが主役ではなく、人と人とのつながりや会話が主役であることが伝わってくる名称。
(*3) マンチェスターにあるWhitworth Art Galleryがリニューアル工事で休館している間に、市内の複数のパブで文化イベントを行ったもの。「パブをはしごする」という意味の言葉を使っている。
(*4) 上記の「Culture Shots」など
(*5) リヴァプール市の国立ミュージアム群が行っている「House of Memories」というプログラム

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