テート・モダンでパブリックプログラムを担当するサンドラ・シコロバ氏

ミュージアムとは、

白木栄世(森美術館学芸グループ・パブリックプログラム担当・エデュケーター)

英国滞在最終日となった水曜日の午後、ナショナル・ギャラリーの展示室の一室。10歳くらいだろうか、制服姿の子どもたちが床に座って作品を鑑賞している。美術館スタッフの問いかけに誘導され、作品を見て何か気づいたことがあったのだろうか、子どもたちが一斉に声をあげて会話を繰り広げている。同じ展示室内を、ベビーカーを押した女性が子どもの反応に合わせてゆっくりと歩いていく。その先の展示室の出口では、白髪の女性たちのグループが楽しそうに会話していて、時折、美術史のキーワードがちらほらと聞こえる。中央のソファには、学生風の青年が音声ガイドを聞きながら熱心にメモをとっている。ミュージアムを自発的に楽しむ鑑賞者の姿がそこにあった。現在、日本の多くのミュージアムでも同じような光景は見られる。武蔵野美術大学大学院に在籍している際に関わった2004年のアンケート調査では、日本でも普及を専門に担当する学芸員がいる館が増加し、ワークショップや特別講演を行う館が多数を占めるなど、展覧会開催だけではなく来館者が自発的にかかわれる場をミュージアムがつくっていることがわかった。2003年に開館した森美術館でも「アート&ライフ」の美術館ミッションのもと、さまざまなバックグランドを持つ人たちを対象にアートの楽しみかたを伝える鑑賞プログラムや、アートをとおして社会的、歴史的文脈を「もっと深く知る」プログラムを展開している。昨年10周年を迎えたこの時期に、日本の8館の学芸員の方と一緒に英国のミュージアムの事例を学び、ディスカッションできたことは、森美術館の次の10年へと活動を前進させるためにも大変貴重な機会となった。

2010年の保守・自民連立政権への交代があり、2012年にはロンドン・オリンピックを迎えた英国のミュージアムは決して財政的に豊かな状況ではない。ビジュアル・アーツの施設が多く閉館するのではとささやかれたとも聞く。悲惨とも言える状況にありながら、英国で出会った各担当者たちは、社会への丁寧な眼差しを持ち、具体的な活動へと可視化するためにさまざまな工夫を行い、その活動意義を説得力ある言葉で見事に言語化していた。1997年に当時ビクトリア&アルバート・ミュージアムの教育部長だったデイビッド・アンダーソンが作成したA Common Wealth: Museums and Learning in the UKにおいて、英国のミュージアム・エデュケーションにおける初の包括的な内容が報告される。報告書のなかでミュージアムとは「学び」の場であり、外部の専門機関とのパートナーシップによって、さらに有力になると書かれている。マンチェスター・ミュージアムやウィットワース・アート・ギャラリー、バービカン、2011年に組織変更をおこなったテートのように、「ラーニング」や「クリエイティブ・ラーニング」の名称のもとキュレーターの肩書きで活動し、展覧会企画と同等にミュージアムのなかで大きな役割を担っている。マンチェスター・ミュージアムの館長は、8年間の改革で来場者数が倍増した理由を、展示の方法を変化させるなどの工夫はありながらも、最大の要因は魅力的なプログラム実施によるものだと語り、ラーニング・チームのスタッフを労う姿は印象的であった。財政的に困難な状況で、「ラーニング」を担うチームがどの館でも大きな存在となっていることがわかる。では、ミュージアムでイベントを行うことはどのような意味を持つのだろう。その問いに対して、テートのパブリック・プログラム担当キュレーターは「アクティブな会話に参加してもらい、そこで得たアイディアを自分のものにすること。作品はひとつのツールであり、(イベントとは)プラットホームの生成を行う場所である。」と語り、強く同意させられた。ミュージアムでのイベントは、次のアイディアを生成する新たなプラットホームとして機能している。

日本と同様、高齢者問題は英国でも重要課題である。なかでも貧困層の高齢者、認知症患者、ケアホームや介護スタッフを対象にしたプログラム開発がミュージアムでさかんにおこなわれていた。とりわけWHO(World Health Organization)からAge-Friendly Cityに認定されたマンチェスターでは、Age Friendly Manchesterを市の政策として掲げ、ミュージアム、オーケストラなどの19の文化施設が連携して高齢者向けのプログラムを実施するなど、地域の各施設間でのパートナーシップがさかんに行われている。ウィットワース・アート・ギャラリーではプログラマーや高齢者のグループ、アーティストと一緒にアプリの作成を行い、タブレットを使用したプログラムが検討されるなど、世界の美術館との連携も視野に入れた展開が始まっている。テート・ブリテンの元気な高齢者を対象にしたプログラム「Soapbox」もコミュニティとの連携という点で興味深い。ミュージアムは、誰もがクリエイティブな刺激を感じ、能動的に関わることで新たなアイディアを生成できる場であり、他者や社会を深く知ることができるプラットホームである。サウスバンク・センターのジュード・ケリー氏による2012年のカルチュラル・オリンピアードの紹介では、ロンドンを訪れる人たちに対して、自分たちがどんなに(その人たちに)興味を持っているかを具現化することが大事であり、何かのお披露目をするような機会ではなく、哲学的に考えることができる機会であることが語られ、それはそのままミュージアムで働くスタッフの姿勢を示しているようだった。

ミュージアムが社会へ果たせる可能性が拡張している現在、日英それぞれのプログラムの実践例を共有することで、より豊かな空間をミュージアムで生成できるのではないだろうか。今回の英国視察はそんな大きな力を与えてくれた。

最後に、このような機会を提供してくださったブリティッシュカウンシル、現地で通訳をしてくださった澤田様にお礼申し上げます。

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