CONNECT:小山淑子さん(国連職員)

国際連合の専門機関である国際労働機関(ILO)で、災害や紛争などの危機対応と復興支援のスペシャリストとして働いている小山淑子さんにお話を伺いました。小山さんは大学卒業後、英国ブラッドフォード大学大学院で修士号を取得。その後長く国連機関で働き続けています。
英国とは何か?という質問に対して「a backbone(背骨)」と語る小山さん。英国での体験、国連機関で働くこと、ビジョンの描き方などについて、豊富な知見を伺うことができました。
※インタビューの内容は小山さん個人的見解に基づくもので、ILOの見解に基づくものではありません。

インタビュアー:田中梓(ブリティッシュ・カウンシル 教育推進・連携部長)

思わぬ形で英国が急浮上

田中 小山さんは大学を卒業後、一般企業勤務を経て英国ブラッドフォード大学大学院に留学されました。なぜ、英国に留学することになったのでしょうか。

小山 一言で表現すれば「たまたま」ということになりますが、複合的な要素が組み合わさった結果です。

私の高校時代は、ソビエト連邦の崩壊、東西ドイツの壁の崩壊など、それまで私たちが「当たり前」と受けとめていた国境の存在や政治体制が大きく変わっていったタイミングでした。そうしたことを受けて国際関係学を勉強したいと思い、筑波大学の国際関係学類(現在の国際総合学類)に入学し、在学中には米国に1年間留学しました。

大学卒業後は日本国内の一般企業に就職しましたが、10代の頃から持ち続けていた「国連機関で働きたい」という夢を叶えるために「3年後をメドに留学しよう」と考えていました。
ところがそんな折に、大学でお世話になった秋野豊先生(当時筑波大学教授)がPKO(国連平和維持活動)従事中に殉職されました。私は「戦争をなくしたい」「先生の命を奪った小型武器をなくしたい」と、いてもたってもいられない気持ちになり、「3年後と言わずすぐにでも留学しよう」と思い立って動き始めました。

最初は、留学先の国としてすでに留学経験のあった米国を中心に検討していました。しかし、ブリティッシュ・カウンシルの「英国留学フェア」を訪問してから、その方針を大きく変えました。
訪ねたブースの先々で私が留学したいと考えた経緯や希望を伝えると、「それならこの大学がいいのでは」という言葉とともに、ブラッドフォード大学のブースを案内されました。そのブースの説明員の方が私の話をしっかり耳を傾け、後に私が入学し専攻することになった平和学部の内容や、入学試験のことなどをていねいに説明してくださいました。
実質的には、この時点で留学先を決めたようなものでした。その後私はエッセイを書いてブラッドフォード大学大学院を受験し、留学することになったというのが経緯です。

「建設的な批判」が今の糧に

田中 英国および英国留学で学んだことや、得たものを教えてください。

小山 ブラッドフォード大学大学院では、大量の英語を読み書きしました。得たものという意味では、この時に鍛えられた英語力がまず一番に挙げられるでしょう。
私は大学の学部時代にも1年間米国に留学していますが、少なくとも米国留学時の10倍は読み書きをしたはずです。この英語力が、今の仕事の基礎になっています。
また、ブラッドフォードでは「自分の頭で考えること」を重視しており、教員や学生同士で建設的な批判をたくさん交わしました。これが今の仕事で非常に活きています。

国連の仕事は、様々な立場の関係者と調整しながら進める案件が数多くあります。そうした性質から、仕事を進めるプロセスで、各所から批判を受けることもままあります。
ただ実際には、その批判は必ずしも怖いものではなく、単に「その人の立場からすると都合が悪い」という程度でしかないことも少なくありません。
批判の中から建設的なものをくみ取り、しっかり物事を進める必要があります。ブラッドフォード大学院時代における批判的な議論の経験が、そうした作業を的確に進めるのに、非常に役に立っています。

グローバル人材に一つの正解はない

田中 近年、日本ではグローバル人材の育成がテーマとなっています。小山さんはまさに国際社会で活躍する日本人の一人でいらっしゃいますが、グローバル人材とはどういう人材だと思いますか。また、そのような人材を育成するに当たって、日本には何が必要だとお考えでしょうか。

小山 「グローバル人材はこうである」という一つの正解を求めるとしたら、それは残念ながら間違ったアプローチでしょう。それ自体がグローバルな考え方を阻害してしまうからです。
ただ私の経験上から申し上げれば、コミュニケーションが大切であることは間違いありません。相手のバックグラウンドを考慮し、自分のメッセージをその人にとって必要な形に変えてから伝えることが大切だと思います。
この際にカギとなるのが、「多様性を尊重する」という心構えです。国際的な職場であればなおさら、自分の中にある先入観をできるかぎり外し、その人にどうすれば伝わるかを高いレベルで考えることが要求されます。
そのうえで、自分をしっかりと持つことです。自分は何をすべきか、何を実現したいのか、その「軸」を持っておくことが大切です。

多様性を尊重しつつも、軸を保持する。このバランスが大切だと思います。
私はこれまで合計3つの国連機関で働いています。ここで過ごす中、「こうあるべき」という固定的な価値観がずいぶん壊されました。これが多様性の面白さではないかと思います。
よく「英語力は必要ですか」と聞かれますが、これは最低条件です。

「これはムリ」がちょうどいい

田中 小山さんは10代の頃に抱いた「国連機関で働きたい」という夢を実現されました。夢を実現した立場から、若い方に向けてのメッセージをお願いします。

小山 ぜひ、夢は大きく設定していただきたいと思います。私の夢は意外に早く叶ってしまい、次は何をすればいいのかとかえって困った経験を持っています。
ですから、夢は「これはムリかな」と思う程に大きく設定するのがちょうどいいはずです。そして夢とは別に、日々の目標を設定し取り組んでいく形がいいのではないかと思います。
また、若い方には早いうちに海外に出ることもお勧めします。海外に出て、多様な価値観や考え方に触れてみるといいでしょう。「こういうやり方もアリなのだ」と分かれば楽になり、自分の強みが見えてくるようになります。実際、私は米国留学時にそのような体験をすることができました。

多様性の面白さを日本に

田中 ご活動の今後の展望を聞かせてください。

小山 私は長く海外で暮らしてきましたが、今は東日本大震災にまつわるプロジェクトに携わっている都合から、日本との行き来が増えています。私は生まれも育ちも東京の足立区ですから、日本をもっと良い国に変えていきたいという思いを持っていますし、最近さらにその思いが強くなってきました。

キーワードのひとつが、多様性です。日本の人たちがもっと多様性を知り、多様性を受容して生活すれば、もっとハッピー度が上がるはずです。日本に多様性のことを広めていくのが、それを知り得た私の役割だと認識しています。

英国は「背骨」

田中 最後に、小山さんにとって英国とはどんな存在ですか。

小山 「a backbone(背骨)」です。気概あるいは気骨と言えばよいでしょうか。英国留学時、それからこれまで勤務してきた3つの国連機関で出会ってきた人たちのことを思い出すと、英国人の上司や同僚は皆、私に自信を持つことや、気概や気骨を持つことを意識させてくれました。
英国のことを思い浮かべると、それに連なるように、英国人の上司や同僚のことを思い出します。すると、「私は今、背骨がしっかりあるだろうか」と自分に問うているような気持ちになるのです。

田中 久しぶりの日本帰国でお忙しいところ、お時間ありがとうございました。「多様性」の重要性、いかに自分の軸を持つかなど、大変貴重なアドバイスをいただきました。今後のさらなるご活躍をお祈りしております。

 

PROFILE:小山淑子(こやま・しゅくこ)

東京都出身。国際労働機関(ILO)アジア太平洋地域総局 危機対応専門官。
筑波大学第三学群国際関係学類を卒業後、2001年に英ブラッドフォード大学大学院にて修士号取得(MA in Conflict Resolution)。修士課程在籍中の1999年に「グルジアおよびタジクの紛争解決研究」で第1回秋野豊賞を受賞。ボン国際軍民転換センター(Bonn International Center for Conversion)や国連軍縮研究所(UNIDIR)にてマリ、カンボジア、アルバニアでの小型武器回収の調査、コンゴ民主共和国のPKOでの武装解除などに従事した後、2007年より国際労働機関(International Labour Organization, ILO)ジュネーブ本部の危機対応・再建部に勤務。2011年より現職。著書に、“Comparative Analysis of Evaluation Methodologies in Weapon Collection Programmes, United Nations Institute for Disarmament Research, 2006”。